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January 25, 2012

松山千春の世界

本日(1/25)発売のデビュー35周年記念CD-BOX『松山千春の世界』届いた。
初回生産限定盤の豪華記念BOXです。
デビュー25周年の時の初回限定BOXとともに宝物にしよう!

左:35th Anniversary 松山千春の世界 Chiharu Matsuyama Selection
右:松山千春LIVE BOX 1980-1999“O・I・RA”

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私はニューミュジック世代である。
中学1年生になった昭和53年に活躍し始めたのが原田真二と渡辺真知子。
同級生の間にも原田真二派と渡辺真知子派に分かれていた。
そのころからかなぁー、ニューミュジックはまっていったのは、
庄野真代、竹内まりや、海援隊、オフコース、八神純子・・・
でも、私はずっと変わらず松山千春のファンなのです、今も。
リアルタイムに聞いていたのは尾崎豊ぐらいまでだった。
私の場合は、そこからフォークの世界へと時代の流れと逆行していったのです。
吉田拓郎、井上陽水・・・を経て60年代後期の関西フォークにたどりつく。
高石ともや、中川五郎、五つの赤い風船、高田渡、遠藤賢司、
岡林信康、加川良、友部正人、斉藤哲夫・・・
レンタルレコード屋さんで探すのはいつも
アングラ・レコード・クラブ (通称: URC)のレコードだった。
松山千春も関西フォークの影響を少なからず受けている。

この前十三のまりんちゃんと話をした時に
今度の新作は60年代のグループ・サウンズだとか…
さすがにグループ・サウンズは私も知らない。
私はフォークが好きという話をすると、
この前舞台(十三祭り?)でフォークギターを弾いたとか、
13のステージにフォークギターというのは想像がつかないのであるが、
たぶん普通に弾いたんでしょう。。。(笑)
私が松山千春が好きというと中島みゆきが好きとの返答、
私が加川良が好きというのには高田渡が好きとのことだった。
高田渡・・・渋すぎる。
高田渡、亡くなったよなぁ。
高田渡の貴重な音源、今もカセットに残っている。
彼女は春一番で加川良は見てても高田渡は多分見ていないと思う。
今はアコーディオンが欲しいというまりんちゃん。
13のステージでアコーディオンを使った大道芸を見せてくれる日が来るかも。
りおちゃん以来の独自色で頑張って欲しいと思う次第です。

January 19, 2012

1月半ば

1月半ば。
寒いwobbly
まだ今年は1度も飲みに行かずおとなくしている。
毎日仕事と読書にいそしんでいますhappy01
飲みに行きたいというのはあるけど、
歳のせいかアルコールを分解できない体になってしまったのか。
飲んでも苦しくなるのがわかっているので二の足を踏んでしまう。
あれほど好きだったのにどうしてしまったのだろうと思うばかり。

久しぶりに枚方ジャンボビルに行ったbuilding
某嬢は元気そうだった。
もう5年近くなるかなぁ。
行っても1年に1回か2回。
香里園には怪しげなモンローという店があるが入る勇気はなしcoldsweats01
十三まで出るのがおっくうな時は
2Fから9Fまでがまるごと風俗店となっているビルに足が向う。
帰り道、2月末で閉店となる近鉄百貨店枚方店を見る。
色々思い出のつまった百貨店、これが見納めかなweep
かつて枚方市駅前には三越百貨店や長崎屋もあったのがいつの間にか地盤沈下。その枚方近鉄の跡地をTSUTAYAの関連会社が買取り進出するという話もあるのだが、どうなるんでしょう?枚方遊廓の置屋「蔦屋」に祖を発し、枚方駅前に蔦屋書店1号店をオープンさせた枚方市にゆかりのあるTSUTAYAが跡地に進出してくれるのは喜ばしことではあるのだが…今後の成り行きに注目。

小門勝二「散人叢書」16冊中2冊読み終えた

 人間には不思議な面がある。昼間は真面目な考えで勉強したり、仕事にいそしんだりしているが、夜になると魔に憑かれたように、あてもなくふらふらと歩きまわり、どこで飲むというのでもなく、酔を買い、赤い灯の下に吸い寄せられて行く。
 別に女にもてたいとか、あるいは恋する女が出来たのでもない、ただ何となくそういうふんい気のみなぎるところへ足をはこんでしまうのである、そして、もし自分がいのちをかけるような恋の奴と血まよう身になったら、どんなに幸せだろうと、はかない夢を抱く。
(「荷風吉原細見 下巻」より)

January 09, 2012

dear old Kwansei

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あっと言う間に正月も過ぎました。1/3に行われたライスボウルのビデオようやく見ました。我がKG Fightersはあと一歩及ばず残念な結果。QB畑卓志郎君は自分のせいと責めて泣くことはないじゃないかな。東京ドームまで連れてきてくれたのは畑君の活躍や松岡君の強力なキャプテンシーがあればこそだったから。オービックのQB#6菅原やWR#18木下のいるチームに対して第4Q途中まではリードしていたんだから。近年にないこんな素晴らしいチームを昨年は仕事の関係もあり春のシーズンから秋にかけて一度も現地観戦できなかったのが心残りです。QB#18畑君はまだ3回生なのでこんなに早く正QBとして活躍してくれるとは予想外でしたが、高等部時代からの落ち着きぶりは変らず。パスはうまいのかへたなのか今一よくわからないところもあるけど、形がくずれてもパスが通せれるすごさとラン能力がすぐれているのが強みですね。デイフェンスに関しては的確なタックルに象徴されるデフェンスチーム全体での総合力です。昨年度は#52平澤ばかりが目立っている面もあったけど、今年度はデフェンスチーム全員が確実にタックルできてたように思います。特にすごいのはLB#1池田(2年)、DL#90梶原(3年)、DL#91池永(2年)の3人。来年も期待できそうです。私からの要望は早くショットガン一辺倒から脱却してセットバック併用に戻して欲し。大型のRBを育てて欲しい(理想としては93年卒の#80加藤浩司)の二点です。

正月気分も抜け、さて今年の目標はなんだろうとふと考えた。
決定したスローガンは「文学に還る」である。
関学の大学図書館にまた行ってみよう!

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「関学画報」1987年、「関学山脈 西に人あり」1997年、「関西学院大学 by AERA」2011年

January 02, 2012

法城を護る人々

M1201021松岡譲の長編『法城を護る人々』全3巻 普及版(第一書房 昭和2年)をようやく読み終えた。9月から読み始め1日約15分少しづつ読み進め、途中かなりの分厚さにいやになりながらも読了です。11月2日に娘の松岡陽子マックレインさんの死去があり因縁みたいなものを感じビックリしました。本自体はネットの「日本の古本屋」で3冊セットで一番安いものを購入したので色褪せがひどく崩壊寸前状態。本の各所に猫の肉球の跡が染み付いていたのでもとの所有者は猫を飼われていたのではなかろうか!?。小谷野敦さんが言われるように長すぎるんじゃないかというのは感じた。宗教的な話が出てくると難しすぎてちんぷんかんぷんなのでだいぶ読み飛ばしました。でも総じてベストセラーになっただけはあり面白かったです。友人・大槻の病死、新しい友・高峰との出会い、父との激しい対立と葛藤、母の愛情、大道徹心・橘師(橘法深)・春日らの活躍、高峰との別れ、寺の炎上と妹の焼死そして父との和解、法憧と父の死。作中には清沢満之の宗教改革やちょうど100年前の人・人・人で京都が埋め尽くされた大遠忌(650回)の様子も描かれています。いつか長岡市の生家本覚寺や文学碑、京都のゆかりの地(大遠忌の舞台、白幽子遺跡、移住した鹿ケ谷…)を訪れたく思っています。

--先ず祖師に還へつて、祖師を超越せよ。還へれとは祖師の真精神に直参せよとの意味である。超越せよとは七百年前の祖師の舊套即ち舊い形式を超越せよとの意である。
故に還へれとは七百年前の昔に還へれとの謂ではない。七百年後の今日の吾等の胸に聖親鸞を甦らせよとの謂である。--

本書では長岡遊郭(文治町。現長岡市春日、山田)の様子も描かれています。坊主になるための得度の学術試験を受けるために父に連れられて別院のある長岡の町に向う。長岡遊郭の北側に位置する日赤町には徳宗寺、法蔵寺、本妙寺などの寺院が集まっている。

 兵営のやうな別院の境内を出ると、南側に美しい灯が軒並に一二町が程続いてゐる。門口には白粉をつけた生めかしい女が、利休の歯をちやらつかせながら、男を呼んでゐた。往来に背を向けて、若い男と女とが幾組も立ち話をしてゐた。彼は直覚的にこゝを通るのが羞づかしかつた。往来の背中を小さくなつて、脇目も振らずに歩いた。が、それでゐてそこのあらゆる色彩や情景が、目の底に焼きつく程にもはつきりと映つた。
 前方からよろよろやつて来た遊び人らしい男に突き當たらうとして、彼はうらたへて脇へよけた。すると或る女が、父の顔をだまつて見上げたまゝ通り過ごしておいてから、彼の耳元へ口をよせて(彼の気持ちでは確かに耳元であつた)
「若旦那、若旦那、きつと後でいらつしやいましな。」
 と囁いた。彼は魔女の言葉を聞いたやうに身慄ひをした。
 (中略)
「彼處はね、別院参詣の俗僧を當て込んでゐる色街で、昼は別院、夜は彼處といふ仕組みになつているんだ。ところで宿坊同様、長年の間に何家は第何組とちやんと教区教区の縄張りがあるんだから妙ぢやないか。どうして別院に落ちる賽銭より、彼處に撒かれる賽銭の方が大きいといふ話だから豪気なものさ。」
 別院の殺風景に比較すれば、たしかに華やかな街並に暖かみがある。成程賽銭の話は本當であらうと彼は一も二もなく父の言葉を肯つた。
「ところが」と父は更に語をついだ。「あの土地一體が別院の地所なんで、表向きはうるさいうるさいと言ひながら、陰じやうんと地代をせしめてゐるんだ。さしづめ賽銭の二重取りさな。丁度鶏を飼つておくと、面倒な代りには玉子を生むでな。別院でもちやんと算盤を取つてゐらあね・・・・・・。」

1月2日、13に正月限定連獅子見に行きました。2006年のあみちゃん&まこちゃん&りりちゃんの時以来かな。今年はあみちゃん&ばんびちゃん&みくちゃんです。今13で一番踊れるのはこの3人なのでしょう。赤い頭の子獅子がばんびちゃんで白い頭の親獅子があみちゃん&みくちゃん。センター位置は赤頭ばんびちゃんですね。ダイナミックばんびちゃんは期待通り素晴らしい。彼女の時代なのかしらん。

December 27, 2011

指宿に来て

指宿いわさきホテル
超巨大ホテルでした。
ホテル内で本当に迷子になってしまいますhotel

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指宿市の摺ケ浜に広がる天然の砂むし場は、全国的に有名!
砂むし会館「砂楽」と宿泊した指宿いわさきホテル方面を眺めるwave
実は私、指宿に行きながら砂むし温泉は入らなかったのですcoldsweats01

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しら波の下に熱砂の隠さるる不思議に逢えり指宿に来て(与謝野晶子)
砂風呂に潮さしくればかりそめの葭簀の屋根も青海に立つ (与謝野寛)

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指宿駅前の中央通りから2本北よりの筋の湊1丁目にも
スナックの集まった一角があります

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帰りは鹿児島駅でフェスティバロの唐芋レアケーキと
鹿児島ラーメンのお土産を買い、帰路につきましたbullettrain
翌日無事Yさんに届けるlovely

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今年も残りわずかですね。
今年は1年通して仕事ができたことは良かったし、
また反省すべき点も多々ありましたdownwardright
温泉旅行も年に数回のペースで行けたので、
来年も家族ともども健康にだけは気をつけて、
歓楽地をめぐる旅行は続けようと思っていますnotes

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来年もよろしくお願い致しますhappy01

小原節

2日目、指宿のたまて箱に乗車し指宿に移動ですtrain
仙崎に行く時に乗った「みすゞ潮彩」みたいな造りの列車でした。
駅に到着してドアが開くと玉手箱の煙に見立てたミストが噴射されますdash

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指宿駅を出て中央通りを歩くと、中央名店街のアーチを発見。
シャッターのおりた店も多くなんとなく寂れた商店街なのが寂しいweep

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宿泊は、指宿いわさきホテル
ボーリング場、ゲームセンター、カラオケルーム、お土産横丁、ナイトクラブ…
とアミューズメントはそろっているので
わざわざ温泉街の方に出る必要もないんですねthink

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食事が終わり、歓楽街を目指し出発night
指宿いわさきホテルから海岸沿いには街に出れそうにないので
仕方なしに正面から道路沿いにぐるっと回って行きました。
たぶんホテルから温泉街を目指して外に出るのは私ぐらいでしょう!
砂むし温泉通り沿いの湯の浜5丁目付近がかつての歓楽街だったみたい。
スナックやクラブや飲み屋がちらほらとあります。
かつては温泉街らしく浴衣姿の観光客がぶらぶらしている姿が
あったとのことですが今は人が歩いていません。
昔、指宿が「東洋のハワイ」と言われ、新婚旅行のカップルで賑わったのが、
昭和30~40年代のころの話である
というのを指宿温泉サイダーのラベルを見て知った。

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で早速、湯の浜5丁目にあったという指宿ショー劇場の場所を探索。
ソープランド秘宴を発見secret
チャイナソープの古い看板はとりはずして新しくしたみたいですね!

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このソープの隣あたりに指宿ショー劇場はあったようなのですが確証なしですdespair
爆サイ.comによると2001年にはスナックキャラバンに業転したとあるので
そちらも探してみるがあった…。
スナックキャラバン、営業はしていないようですね。
住所が5-20になるのでどうも違うような気がする。
でも近づけたことは確か。
閉館時期も2001年だったとか2004年に営業していた
とか話があるようで結局よくわからずじまいwobbly

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渡辺寛さんの「全国女性街ガイド」によると、「熱帯植物の生い茂る、まつたくの南の里。三十名いる酌婦たちも、この頃出来た曖昧屋の女たちも、鼻の頭に汗をかいて、指の太い手で拍子をとりながらおはら節を唄う。滅法酒は強いが、握力も滅法強い。」とあります。街を歩きかつて曖昧屋が存在していた街の空気は感じることが出来きました。

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<歌詞>
1 
花は霧島 煙草は国分
燃えてあがるはオハラハァ
桜島 アア ヨイヨイヨイヤサ

見えたよ見えたよ 松原越しに
丸に十の字の 帆が見えた

雨の降らぬのに そんだ川濁る
伊敷原良の 化粧の水

可愛がられて 寝た夜も御座る
泣いて明かした 夜もござる

西郷隆盛 おいらの兄貴
国のためなら 死ねと云うた
(下略)

霧嶋の歌

先週19日から2泊3日で鹿児島に旅行bullettrain
まずは鹿児島市内散策sun
天文館から西郷さんの銅像を経て城山公園展望台まで歩く。

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鹿児島以内を離れ霧島温泉に向かいます。
宿泊は、ホテル霧島キャッスル
大浴場、露天風呂とも寒かったbearing
夜歩くところもないので只管サウナに入ってましたsweat01

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霧島温泉郷・丸尾温泉付近を散策。
あちこちの源泉から湯煙が濛々と立ち上っていますspa
与謝野鉄幹・与謝野晶子夫妻は昭和4年に鹿児島を訪れ
霧島温泉や指宿温泉にも宿泊しています。
霧嶋の渓より出づる湯の霧に曇るけしきのさつま潟かな
(与謝野晶子「霧嶋の歌」より )

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桜島フェリーで桜島に渡るship

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溶岩なぎさ公園内を散策fuji
梅崎春生文学碑
赤と青との濃淡に染められた山肌は、天上の美しさであった。小説「桜島」より

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December 17, 2011

若いってすばらしい

J1112131この前の13日(火)、復活した十三祭行って来ましたよ!
なかなか休みの日が13日に合わなかったのがようやく実現。劇場では通常2・3時間しか持たない私が11時40分頃に入場し、1部最後の合同フイナーレを通過、2部最初のお立ちを見て劇場を出たのが18時ぐらいだったろうか。よく頑張った、はいっ!しかし、あーた、こんなに盛況な十三を見たのはいつ以来でしょう?立ち見で後ろに2・30人以上人がへばりついていたからなぁ~。10年前の土・日がこんな感じだったんじゃなかろうかと思いだした(この前あいりちゃんの消息を聞いた)。私は席をキープしていたからまだよかったものの、混雑で息苦しかったです。お立ちの時のPDがDX東寺のように立ったままでしていたのに苦笑。オーナーさんも珍しく後ろの壁際でずっと頑張ってましたね。COCOちゃんも水原先生も勢ぞろいでお疲れ様。社長さんはどういう風のふきまわしかお立ちの時に自らチケット売ってましたね。抽選会の司会は、なあちゃん&れんちゃん。総額○○万円が13人にあたるのですが、私の17番はかすりもせず。右側の団体さんは当たりがよかったですよね。そもそもストリップ劇場(今はもうストリップ劇場ではないらしんだが…)に友達同士で来るというのが私には理解できない。ショーに関しては今の私には何も言うことはないんだけれども、今日のMVPはななちゃんなのである。私の好きなダンス傾向としてアイドルブリブリ系、コミカルの動きはいったもの、意味不明なもの、独創的なもの・・・になりまして、そんなことからめぐみちゃんやりおちゃんのダンスは好きだった。で、で、で、いつもフラメンコ風のダンスしか知らなかったななちゃんの「若いってすばらしい」の振り、動きには新鮮な驚きが隠せなかったのです。ステージの縦の使い方がよかったですよねーー。恐るべし水原先生。さきちゃんの少○時○TAXIの青のホットパンツ姿かっこいいなぁ!!かなちゃんは初めてお会いしました。倉科カナちゃんには似ているような似ていないような…。なあちゃん&れんちゃんのチームショーはごだごた懲りすぎていてもったいない気がしたなぁ…。あれだと「曼珠沙華」の曲のイメージしか残らない。踊れる二人だと思うのでもっとダンス中心でシンプルにしてもよかったのにと思いました。これからもお二人には期待しています。今年最後の十三振り返ると色々と思い出すことも多い。また年が明けたら劇場でお遭いしましょう。その前に九州に温泉旅行に行ってきます♪


December 12, 2011

ハマ

10日から一泊で横浜に行ってきましたbullettrain
横浜みなとみらいホールで行われた甥っ子の大学の演奏会に母を届けるためで、
私は空き時間を利用して横浜の夜の街を徘徊sun

まずは上野に到着scissors
不忍池から東京芸術大学までぶらぶら
下町風俗資料館を見学
「カフェ下町」と「浅草十二階・凌雲閣」

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その後、東海道線に乗り横浜へ直行train
暗くなるのを待って、日ノ出町から黄金町のガード下を久しぶりに歩いてみた
人間の記憶ってそう簡単には消え去らないものである
また街にしみついた匂いもそう簡単には消え去らない
そしてどうしようもなくだめだったあの頃の自分の事も…

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新聞販売所の通りも残っていた
旅館つたやは「消えた横浜娼婦たち」(壇原照和 データハウス 2009年)
所収P.266の昭和40年頃の黄金町の地図にも名前があります。
PUFFYの建物も残っている
20時過ぎ、ネオンの消えた街には人っ子一人通らない
歩くのもままならないぐらい活況を呈した
あの賑わいはなんだったんだろう思うぐらいの静かさ
日ノ出町寄りを歩いているとワンコの大群が駆け寄ってきた
犬が苦手な私bearing
近くの家の飼い主さんに助けていただきました

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八木義德「運河の女」「私のソーニャ」の舞台曙町へ
中郵便局の裏手、栄旅館脇の細い小路は残っていた
中華一番本店裏の裏の路地には新しく出来た店がちらほらと
しかし私が10年以上前に見た建物は見事に消えていた

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親不孝通りへnight
タイル円柱は健在。
客引きの多いこの時間正面から写真をとる勇気はないので、
脇の細い路地でこっそり撮影。
しかし曙町の新風俗はどうなっているんだろう?
まだまだ勉強不足の私でした

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2時間の横浜歓楽街探索が終わり、みなとみらいでみんなと合流club
ライトアップされたビル群や観覧車のイルミネーション、
空には皆既月食を眺めながらぐるっと1周してきましたmoon3

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クイーンズスクエア横浜のシンギングツリーxmas
世の中はXmasムード一色。
大切な人と見にいきたい・・・って思いますよね

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横浜ロイヤルパークホテルに宿泊。
ランドマークタワー内の高層階にあり宿泊した67階の部屋からの
夜景は素晴らしかったです。(夜景はとり忘れたcoldsweats02
平戸桜木道路、大岡川方面を望む

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November 26, 2011

二葉新地

神戸では福原新地とともに知られた二葉新地は新長田駅に近く大正筋にあるが、
赤線廃止後は飲み屋街になっていました。
かつて六間道は西新開地とも呼ばれ相当な賑わいをみせたとか。
前回二葉新地を訪れたのは10年前ぐらいかしら。
その後どうなったのか気になって長田区二葉町5丁目へ。
その十年前は阪神大震災の影響で荒廃した土地に
仮設で営業していた店もあったけどまだ雰囲気は残っていた。
「中央通り 二葉料飲街」の案内板も残っていた。
ただ、新長田駅南地区再開発ビルの新築工事中で
いづれ消え行く運命なのかなぁというのは感じた。
さて今回あの密集してスナックが集まっていた場所が残っているかなぁと
淡い期待を抱いていたのですが、見事に消えていた。
西側は大正筋商店街、南側は六間道商店街に面して
アスタくにづか5番館というのが建っている。
2004(平16)年3月竣工とか。
ということはやはり私が10年前訪れてから程なくして消えてしまったんだろうなぁ…。
二葉町5丁目の北東ブロックは更地で現在工事中でした。

記憶をたよりに二葉町5丁目へ。
アスタくにづか5番館の1Fに「ほろよい横丁」の案内を発見。

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なんだかマンションの入り口みたいです。

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なかは綺麗でスナック、スタンドが集まっています。

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どうも二葉新地に元々あったお店がこのビル内のスナック街に移ってきたみたいです。
完全に消えたわけではなかったのでほっとしました。

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