フォト
無料ブログはココログ

2019年4月18日 (木)

松下独身寮

『学校裏から始まった』(西村敏康 1998年 ハーツ&マインズ)と『大森にお城があった』(西村敏康 1999年 ハーツ&マインズ)を読むと、大森花柳界(大森海岸)、蒲田三業組合(出村)、武蔵新田の赤線、穴守稲荷神社付近の花街、森が崎鉱泉街などの話題も出てきて2冊とも名著です。大田区内についての様々なネタが満載。『学校裏から始まった2』(西村敏康 2005年 ハーツ&マインズ)という続編もあるが、入手困難のようです。
大田区に住んでいたから地元の本屋で購入できたもの。
当時は、雑色駅近くの東六郷という所にある大田寮に住んでいた。
蒲田、六郷、多摩川沿い、池上本門寺界隈、馬込文士村・・・と良く歩いた。

前の「関学歴代QB」の時と同じように松下電器の寮はどうだったかなぁと考えていたら眠れなくなってきたので整理しておこう。

『私たちの会社 1990年度版』(1990年3月 松下電器産業株式会社)を参照し一部加筆。

■独身寮
自宅通勤以外の従業員には入社後数年間寮に入居できます。寮はアパートとは異なり、団体生活になじみ、同僚、先輩との交流を通じ、人格を陶治することにその目的があります。
入寮期限:高校卒9年間、高専卒7年間、大学卒5年間、大学院卒4年間

独身寮一覧表

<関東以北>
松晃寮
宇都宮市平出町4201-4 ※宇都宮市陽東5-17-10
松ノ木寮
東京都杉並区松ノ木二丁目4-10 
松泉寮
東京都世田谷区船橋3-4-13
向ヶ丘寮
川崎市宮前区菅生3-33-17
綱島寮
横浜市港北区綱島台21-2
グッディ綱島(松下通信独身寮)
横浜市港北区綱島西2-11-15
佐江戸寮
横浜市緑区佐江戸町749-1
※横浜市都筑区佐江戸町749-1。現・パナソニック佐江戸車両試験場
松船寮
鎌倉市植木422

<中部甲信越>
松洗寮
静岡県袋井市川井880
松名寮
名古屋市千種区高見二丁目4-1
松栄寮(名古屋)
名古屋市千種区春岡通六丁目21-2
松清寮
愛知県西春日井郡清洲町大字一場463-1 ※愛知県清須市一場

<近畿>
松仁寮
滋賀県八日市市林田町1500 ※滋賀県東近江市林田町1500
松草寮
草津市野路町2275-6 ※草津市野路東二丁目7-11
松阪工場独身寮
三重県松阪市上川町2769-22
松愛寮
奈良県大和郡山市筒井町376
松伸寮
奈良市藤ノ木台三丁目24-2
松桂寮
枚方市香里ヶ丘七丁目4-2
松善寮
枚方市北中振三丁目30-18
松香寮
寝屋川市香里西之町22-7
松栄寮
寝屋川市御幸東町30-23
松風寮
寝屋川市御幸東町3-14
松和寮(門真)
門真市宮前町16-1
松幸寮
門真市御堂町25-3
松明寮
門真市浜町4-27
松東寮
守口市藤田町五丁目103 ※守口市藤田町5-22-13
松雲寮
守口市八雲北町二丁目107 ※守口市八雲北町二丁目26-3
松楠寮
守口市菊水通一丁目23 ※守口市菊水通一丁目16-22
松健寮
守口市西郷通一丁目57 ※守口市西郷通1丁目24-11
松陽寮
大阪市淀川区新北野二丁目6-22
松宝寮
宝塚市花屋敷荘園四丁目1-10
松洋寮
池田市建石町8-18
松治寮
茨木市東宮町3-5
松槻荘(パナソニック青春寮)
高槻市幸町2-8
松摂寮
高槻市郡家新町35-22
松岡寮
高槻市安岡寺町二丁目21-8
松和寮(高槻)
高槻市東五百住町3-23-23
高槻寮
高槻市宮野町7-1

<中国以西>
作州寮
津山市北町20-1
松道寮
岡山市東平島1575-67
松備寮
備前市友延700
松泉寮
広島市中区白島中町5-9

<現存するパナソニックの主な寮>
大田寮
東京都大田区東六郷二丁目20-5
淀川寮
大阪市淀川区野中南一丁目4-40
寺方寮
守口市南寺方北通二丁目2-2
枚方寮
枚方市伊加賀北町7-85
青春寮
高槻市幸町2-8
牧野寮
枚方市宇山東町7-7

この中には女子寮があった(松善寮とか?)が…はっきりしない。あと、香里園の末広町に松下電工の寮があったような記憶がある。松下電工系の独身寮を入れるともっとあるのかも。これ以上の追及はまたの機会に。

「松」の字の付いた寮はみんな消えてしまったんですかね。上記の寮の住所をグーグルマップやマピオンで検索してもパナソニックの寮らしきものは出てこない。寮のあった場所には戸建住宅やマンションが建っていたり、何でこんなところに寮があったんだというような驚きの場所も出てくる。そもそも近くにあった松下の工場や研究所などが撤退で無くなってしまったということもあるでしょうしね(e.g. 綱島の松下通信工業の工場は閉鎖され、向ヶ丘寮から程遠くなかった松下技研ももうない)。昭和から平成へと時代が変わり、社名も松下電器産業からパナソニックに変わった。古い建物は解体され淘汰されていくのは当然なのであろう。

O9305011

松下電器大田寮から出てくる私。20代で仕事もプライベートも謳歌していた時代です。

ついでに1990年頃の保養施設もあげておく。

■保養施設
従業員やその家族の方々の健康の保持促進と保養の便宜をはかるため、健康管理事業の一環として、松下電器健康保険組合は、千里丘保健センターをはじめ全国に19ヵ所(共同保養施設(2)、特約保養施設(2)を含む)の保養施設と96ヵ所の契約保養施設を設けています。また1973年(昭48)、松下電器産業労働組合により松下休暇村ユニトピアささ山が、1975年(昭50)には、ナショナル連合健康保険組合により、松山荘(大山)がつくられました。

保養所のあらまし

<松下電器健康保険組合直営保養所>
松渓荘
北海道札幌市南区定山渓温泉西3-70 ※2002年3月末に閉鎖。
松雪荘
新潟県南魚沼郡塩沢町大字石打 ※南魚沼郡塩沢町石打1874-1
松峰荘
栃木県那須郡那須町大字高久乙3375-814 ※パナソニックリゾート那須。2018年3月末で閉鎖。
松濤荘
神奈川県茅ケ崎市中海岸4-15-51 ※パナソニックリゾート湘南。2012年8月末に閉鎖。
松楽荘
静岡県熱海市桜町2-1
松越荘
石川県加賀市別所町4-30
松珠荘
三重県鳥羽市安楽島町1331-31
松湖荘
滋賀県草津市北山田町字正島560 ※パナソニックリゾートびわ湖。2018年3月末で閉鎖。
松嵐荘
京都市右京区嵯峨天龍寺今堀町21 ※パナソニックリゾート嵐山。2012年8月末に閉鎖。
千里丘保健センター
大阪府吹田市青葉丘南10-1 ※パナソニックリゾート大阪
松甲山荘
兵庫県神戸市灘区六甲山町一ケ谷1-81
松白荘
和歌山県西牟婁郡白浜町1657 ※白浜温泉。現・ホテル花てまり?
松愛荘
愛媛県松山市末町185-1 ※奧道後
松筑荘
福岡県筑紫野市大字武蔵553 ※二日市温泉
松健荘
大分県別府市大字鶴見字薬師田1770-1 
※大分県別府市小倉4-3 別府温泉。バーデンハイム松健荘→バーデンハイム楼蘭。

<共同施設>
松王荘
山形県山形市蔵王温泉字沼ハタ725-2 ※パナソニックリゾート蔵王。2018年3月末で閉鎖。
小豆島海浜センター
香川県小豆郡内海町片城甲44-97 ※現・小豆島海浜センターますや

<ナショナル連合健康保険組合保養所>
松山荘
鳥取県日野郡溝口町桝水高原1069-107
松信荘
長野県茅野市豊平4734 三井の森きすげ平 ※パナソニックリゾート蓼科。

<松下電器産業労働組合休暇村>
ユニトピアささ山
兵庫県多紀郡篠山町矢代 ※ユニトピアささやま。兵庫県篠山市矢代231-1

こちらも「松」の字の付いた保養所は全て閉鎖してしまったようで、パナソニックリゾートとして生き残った7施設も宇野辺駅近くの「パナソニックリゾート大阪」を残すのみとなってしまった。「ユニトピアささやま」は健在。「小豆島海浜センターますや」は、保養所時代の建物をそのまま使っていそうですね。

S7108071

昭和46年8月、家族で鳥羽市の「松珠荘」を訪れる。
ナショナルのマークが…。

S7108072

石の上に立って両手を挙げているのが私。三兄弟で、姉と妹に囲まれた真ん中です。

2019年4月14日 (日)

大阪

父の容態がかなり悪く、街歩きはまたもやストップ。

加藤政洋さんの新著『大阪 都市の記憶を掘り起こす』(2019年4月 ちくま新書)を読んだ。

O1904131

梅田、難波、梅田地下街、船場、阿倍野、新世界、飛田新地、釜ヶ崎、津守、十軒路地、四貫島・・・。

自分が好んで歩く街が出てきて楽しく読めた。
人文地理学者の街の見方は違うなぁと感心するし勉強になる。これを読んで街歩きの時に見える景色ががらりと変わるかと言われても多分変わらないと思うし、自分は自分なりの街の見方しかできないんだろうなとは思う。もし学生に戻れるのなら人文地理学を学んでみた。それは無理そうなので加藤さんが時々開催されている巡検(まち歩き)に参加して一度一緒に歩いて見たい。

負の遺産からの解放。
投資信託による再開発事業(オーク200、ビッグステップ、オスカードリーム、フェスティバルゲート)の失敗をみてもわかるように、大阪では何でもかんでも高さだけを求めたタワービルを造ったり、箱モノの大型商業施設や遊戯施設を造ったり、というのはうまくいかない。人口がこれから減っていくという中、2025年開催の万博やIR誘致に向けて同じことは繰り返さないで欲しいと願う。弁天町の新しく出来た温泉施設。あんな高い料金で誰が利用するのだろう?。加藤さんの言われるように「場所性や地理歴史的な文脈を一顧だにしないインプラント(埋め込み)型の開発事業」はもう終わりにして、中崎町のような大阪の古い街並みを残していくこととかにお金を使って欲しいと思う。

読んで思いついたことを3ヵ所ほど。

----------------------
ウメダ地下街

私が大阪に住み始めたのは1980年の中学3年の時。
父の転勤で母の実家のある寝屋川に引っ越し。
三重県の片田舎から出てきたので大阪はすごい大都会に感じたものです。

一番最初に慣れ親しんだのは予備校に通ったりした梅田(キタ)かな。
「第2章 ラビリンスの地下街」で「地図にない街」と紹介される梅田地下街。しかし、私が一番最初に買った「大阪区分地図」(1980年2月発行 ナンバー出版)には、地下街の地図も収録されていて重宝していた。

U1904131

U1904132

今ははき「全国銘菓名物街(ふるさと名産コーナー、アリバイ横丁)」「松葉」「ぶらり横丁」と懐かしい。地下街には新聞スタンドもありましたね。「萬字屋書店」は通ると必ず寄ったよなぁー。いないいないバー?。今もある「ミンガス」というかカレーショップは良く利用した。

----------------------
四貫島

「第4章 葦の地方へ」に千島橋・四貫島の私娼窟のことが出てくる。

3年程前に四貫島を歩いて、私娼窟の場所とかはわからずめくらめっぽうに歩いていたが、散在していたと思われる私娼窟の場所の一つが本章に記されている。

四貫島 その一
四貫島 その二
四貫島 その三

住吉市場、四貫島市場、映画館山口座、茨住吉神社(住吉神社?)があって、確かに住吉神社前から斜め南東に延びる道があるが現在は幅一間程の細い道ではなく、だだっ広い普通の道路である。昭和36年の住宅地図で見るとその通りには、スタンド、バーなど飲食店らしき店が8軒程並んで私娼窟の名残を感じさせるものがある。

----------------------
新世界

「第5章 ミナミの深層空間」

「この一帯(新世界)に散在する、艶のある名前を冠した路地──いろは小路、若葉小路、花見小路、見返小路──に注目されたい。永井荷風の描く「狭斜の巷」が、ここ新世界に再現されていたのだ。」

このくだりを読んで加藤さんの共著の本をもとに新世界の路地を歩いたことを思い出した。
ホウ、大阪!
2009年5月の記事なのでもう10年前か。
あの界隈は仕事帰りに酔っぱらいながらよく歩いていたなぁー。
当時システムの運用の仕事をしていて、出勤が朝早いシフトの時は4時に仕事が終わるので次のシフトの人に早めに引き継いで大阪の街に繰り出す。本町・船場から心斎橋筋商店街、戎橋筋商店街、難波、日本橋、新世界、ジャンジャン横丁、飛田本通商店街、飛田新地、旭町、阿倍野と飲みながら歩く。それで仕事の憂さを晴らしていたのだ。

2006年10月の写真より。

S0610221

旧花街「南陽新地」のスナック街。

S0610222

路地裏。「土方センター」の入口付近。右隣の趣のある建物が気になる。

S0610223

斜めの扉とタイル貼り。今ストリートビューで見ると建て替わっているみたい。

2019年4月 3日 (水)

西成徜徉記(77)

北津守から津守に入りました。

A1903291

木津川沿いから西成公園を抜けると津守商店街が見えてきた。
商店街の一番西側のアーチは撤去されてなくなっていた。

西成公園はホームレスが住んでいるんじゃないかと思われる場所があったりゴミが散乱していたりと、あまり綺麗な感じではなかった。この公園はもともと大日本紡績(ニチボー、現・ユニチカ)津守工場があった場所と聞いていたので、何か痕跡が残っていないか探してみたがそれらしきものはなさそうでした。

A1903292

津守商店街はこんな感じ。
開いている店あり、閉まっている店ありでちょっと寂しい。
津守商店街から鶴見橋商店街にかけての長い長い商店街は大日本紡績津守工場に通う女子工員たちの通り道であり、娯楽の場、ショッピングの場として繁栄したんでしょうね。

A1903293

津守商店街入口横のビルにはいっている大衆酒場「しらたき」。

A1903294

津守商店街の裏側、炭火やき鳥の「とり鶴」。
美味しい焼やき鳥屋さんです。
隣の四枚扉の家が気にいりました。

A1903295

藤井荘。
右隣の商店街に抜ける通路の中は開いている店がなかった。

A1903296

スナック「夢」。

A1903297

「大阪市西成人権協会」の掲示板はよく見かけるが、その前身であるところの「大阪市同和事業促進西成地区協議会」の掲示板は珍しい。
この看板を見て思い出した。閉館したストリップ劇場・関西ニューアートの常連さんであった関西暇人さんがこんな事を書いていた。「はるか昔、まだ鶴見橋ミュージックと言っていた頃に、解同(部落解放同盟)の看板背負って、濡れ手に粟の経営していた。」「鶴見橋の劇場は、過去、同和特権行使で、やりたい放題をしていてK察から目の仇にされていたので」抜き打ちのK察の手入れを受けた、という話(関西ニューアートは2002年、2007年と立て続けに摘発にあった)。
しかし2013年01月28日のTSミュージック以来摘発がないというのは、いったいどうしたものだか。官憲もストリップ劇場を摘発することのバカバカしさに気がついたのであろうか!?

A1903298

帰り道、鶴見橋商店街を通過。
パチンコ「ライオン」。夢の跡という感じ。

津守をもう少し歩きます。

西成徜徉記(76)

早くも4月か…。時が経つのが早い。
新元号も決まった。気持ちも新たに頑張ろう。

引き続き北津守から歩きます。

Z1903291

久金属工業の裏手にまわってみると南側にも古めかしい建物が残っていてかなり見ものです。

Z1903292

つごう3棟ありました。

Z1903293

木津川沿いの落合上渡船場。
乗船場からアーチ型の木津川水門と三軒家水門(左側)を望む。ゴルフ練習場の辺りに谷崎潤一郎夫人松子の生家と藤永田造船所新炭屋町工場があったのかなと思いを馳せる。

Z1903294

落合上ノ渡交差点すぐのところでタンポポが咲いていた。

Z1903295

木津川沿いの道路は工場地帯でやたらとダンプが走り抜け、綺麗に整備されているとはいえダンプが通るたびに砂ぼこりが舞うところもあって散歩には向いていない。西成区や大正区には海抜ゼロメートル地帯も多いと聞くが、木津川沿いの道路から見ると住宅地がだいぶ下がった所にあり高低差を感じる。

Z1903296

このあたりは青地に「やるぞ!!」の大阪ヘルスバンクニュース掲示板がやたらと目に付く。ここに地域の行事予定やら連絡事項を貼るでもなく、何なんでしょう!?

Z1903297

鉄工所とお好み焼き「琴ちゃん」。

Z1903298

北津守の東西に長い長屋路地。

Z1903299

西成区は広い。ようやく北津守脱出。

ココログリニューアル後の不具合まだ続いている。困ったものだ・・・。
修正の都度HTMLタグを修正する必要があって投稿に倍時間がかかるようになった(涙)。

2019年3月30日 (土)

飛田特飲街

15日のCT検査の結果が悪くなかったので今は落ち着いている。

『奇譚クラブ 昭和26年10月号』に「大阪艶笑地図」と題した飛田界隈の特集があって、その中に飛田新地の屋号入りの地図が掲載されている。いつのものか書いていないが終戦直後から昭和26年までの間のものと思われます。ただ、下の写真のように文字が小さい、おまけに昔のカストリ雑誌は紙の質が悪くて印刷状態も良くないので読みづらい。ここまま放置しておくと字が消えてしまいそう。赤線時代の飛田新地の地図というのはあまり見ない。ということで文字で起こしておくことにしました。

T1903281

T1903282

飛田新地

● ・・・・・・ 待合
△ ・・・・・・ 社交喫茶

※D地点以外は左から表示。

A地点
清南△●、芙蓉△●、一番△●、さくらや△●、大和△●

B地点
よし川や●、吾妻△●、大喜●、大瀧△●、タケソノ△●、二高嶋●、新有楽●、一冨久△●

C地点
飛田新地組合事務所、睦会事ム所、飛田病院

D地点
(上から)大栄●、吉田●

E地点
備福△●、花幸●、弁天●、風月●、松本●、三清南●、松幸昇△●、新一番△●、奈良●、北中市△●、カリテス△●、三中市●

F地点
高嶋△●、白山●、楽園●、あかつき△●、生駒●、大嘉△●、勇●

G地点
大一△●、新幸昇△●、スズラン△●、(空地)

H地点
二大吉△●、山房△●、松銀花●

I地点
米光●、三南海△●、シャイン△●、たちばな●、はりまや●、本南海△●、ホークス△●、高梅園(古梅園?)△●、三甲子△●、かつら△●、吉野△●

J地点
トキワ●、くめ本●、東都△●、南地△●、い京●、一力●、松友●

K地点
糸島△●、ダム△●、株式會社、三金生●、二トラヤ△●、タイガ△●、新中市●、二光陽△●、三幸△●、角福△●

L地点
銀波●、一安●、大安●、新西川●、花屋、ヴィナス△●、愛園●、與可呂●

M地点
新錦●、トミヤ●、ふる里●、二津の国△●、ピンク△●、松谷△●、三和△●、本有楽△●、山内△●、ひな鶴●

N地点
東銀花●、イヅミ△●、西川●、喜久や●、二南海△●、ホワイト△●、三笑△●、冨士△●

O地点
金剛△●、楽金生△●、とらや●、金水△●、遊喜●、三津の国△●、ピジョン△●、梅ケ枝△●

P地点
派出所、バル△、紅梅△●、お多福△●、新都△●

Q地点
東洋△●、末吉△●、朝日●、本つのくに△●、都●、中央△●

R地点
本光陽△●、みその△●、たつみ△●、三門△●、東タツタ●、湊△●、万年●

S地点
世界△●、世界興行株式會社、日の本△●、株式會社

T地点
いなだ●、三福●、若葉△●、いろは△●、つたや△●

U点
十中市●、招福●、福鶴●、南万年●、本中市●、ミスフタバ△●、大斗●

V地点
二清南●、二金生●、二松島●、松島△●、花月△●、きらく●

W地点
友恵△●、壽●、二小すみ●、一芳●、福都△●、福神●、本芙蓉△●、二いろは●

X地点
秋津●、二角福△●、二壽△●、二成光△●、成光●、本小すみ△●、二梅川△●、玉川△●、(二梅川、玉川の下のブロック、上から)保崎△●、二幸昇△●

Y地点
桃山閣●、株式會社、一歩△●、千歳△●、白鶴△●、満月●

Z地点
東成△●、岡山●、東京●、松竹●、本金生●、京や●


サロン満月△●


シャンソン△

-----------------------------------------

昭和35年の複製吉田地図(西成区)が照合するのに役に立った。
「二幸昇」と「高梅園」の判別は自信がない。
屋号の頭につく数字の「一」「二」「三」は、第一、第二、第三の意味で、「本」は、本店か。本店、支店の区別には東西南北の内の一文字や「新」がつくケースもあります。今も残っている屋号には、「松幸昇」「日の本」とか、もう営業していないと思われる「梅ケ枝」「満月」など。「南海」と「ホークス」が並んでいるのには笑ってしまった。
空地と書かれているのが7ブロックあるのでもわかるように、大門通りから南側のかなりの範囲が空襲で焼けた。幸いなことに高厦高楼の威容を今に残す「桃山閣」(今の「鯛よし百番」)はぎりぎり焼失を免れた。

しかしこの●とか△の印がついている「待合」と「社交喫茶」の違いは何なんでしょう?

『奇譚クラブ』の記事からわかることは以下の通り。
殆んどが社交喫茶と待合を兼業していて(区別があってないようなものだとか)、待合の入口と社交喫茶の入口は別々になっている。ヤリテ婆さんの客引き行為は認められておらず、社交喫茶でのお客との交渉は女が直接行い、意気投合すれば、待合へ行く。待合だけを狙ってきて待合の入口で頑張っているお客(寝る方専門)もあれば、社交喫茶で遊んでからというお客もある。女給と接客婦(接待婦)の間の関係は、概して冷たい。検査は、大体一週間に一回交替で、新地内の飛田病院で行われる。

もひとつよくわからない。
同じ箱の中に漢字の屋号とカタカナの店名が並べて記入されているのは、漢字名が待合でカタカナ名の方が社交喫茶で同じ経営ということかもしれない。
女給は社交喫茶専門で接客婦のようにお客と寝ることはなかったんですかね!?

それではまた。

2019年3月25日 (月)

生きていることは試されているということ

時々佐多稲子が読みたくなり久しぶりにまとめて読む。
女流作家では佐多稲子が一番好き。
『私の東京地図』だけは落ち着いたときに読み直そう。

『佐多稲子と戦後日本』(小林裕子・長谷川啓 編集 2005年 七つ森書館)
『日本文学全集 39 佐多稲子集』(佐多稲子 昭和36年 新潮社)
『群像 第53巻第12号 追悼 佐多稲子』(1998年12月 講談社)
『ひとり歩き』(佐多稲子 昭和44年 三月書房)

Y1903251

「やっぱり文学っていうのは、あくまでも一人ひとりの些細な苦しみ、もう本当につまらないと言ってしまえば言えるかもしれないような小さな小さな現実の中でも、みんな涙を流して苦痛を感じ、そういうような一人ひとりのために書いてるんだ。やっぱりそれは根本として忘れちゃいけないんじゃないかなということを思います。そしてそれは、本当に佐多さんは誠実に続けていらした。(中略)それは文学の普遍的な役割なはず(後略)」(『佐多稲子と戦後日本』Ⅲ 講演 世代を超えた共感 津島佑子 講演「女であり文学者であることにもっとも誠実に立ち向かったひと」より)

「生きているっていうことは試されているということです。でも試されたり、間違えたりしながら、大きなところでは、それから孤立をしても、やっぱり自分がやろうとしたことを、唯我独尊になるんじゃなくて、確認をしながら、まっすぐ生きていかなければならないという、よくも悪くもそういう先達として佐多さんという大きな存在は、わたしたちの前にある。」(『佐多稲子と戦後日本』Ⅲ 講演 世代を超えた共感 澤地久枝 講演「試される」より)

「自分についてだけ云はう、といふ気持が今もある。しかしこの気持の中には探つてみるまでもなく、私にしては相当ひねくれた、その意味で傲慢なものがひそめられてゐる。私の人間観には、戦後の時期、つまり戦争責任の問題に打つかつてはじめて、皮肉や意地悪や悲哀や傲慢などが加はつた。勿論この人間に対して辛らつな見方を知つたその想ひの中に、私自身への侮蔑がかけられてゐることは云ふまでもない。
 美しく生きたい、といふ素朴な願ひが私の中にある。素朴だとおもつてゐるが、あるひはこんな願ひも傲慢なことなのかもしれない。しかしそれにしろこの願ひは私にとつて最早、美しく生きたかつた、といふ表現に変つてしまつた。生れ変ることができるなら、と初めて切実におもつたのは戦後、自分の戦争責任について考へた時である。」(『佐多稲子と戦後日本』Ⅳ 佐多稲子のエッセイ 『新日本文学』より 佐多稲子「自分について」より)

------------------------------------------------

最近文化住宅、アパートなどの集合住宅の魅力にはまっている。
近所の香里北之町を歩いていたら私好みのスポットを見つけた。

K1903241

「五月苑」。南側の駐車場から眺めるとかなりの奥行きがあり迫力がある。
入口周りも元々白かったのがどういう訳か木の板が張り付けられている。

K1903242

「田園ハウス」。

K1903243

「東京ハウス」。

K1903244

このあたりは「◯◯荘」「◯◯文化」「◯◯苑」が目につくが、ここだけ「◯◯ハウス」が集中している。
いずれも築55年ぐらいたっていそう。

K1903245

反対側は「千成ハウス」と奥の「大阪ハウス」。
「大阪ハウス」と「東京ハウス」が向き合うような形で建っている(笑)。

K1903246

「大阪ハウス」の看板はなくなっていた。
「千成ハウス」と「大阪ハウス」ほぼ同じ造りで色違いみたいですね。

K1904081

「新晃苑」。鉄平石貼りがいい感じのアパート。

K1903247

今は住む人もいない同じ型の4棟の住宅(緑町)。

------------------------------------------------

Googleマップから細い路地が消えて使えない。マピオンを使おうか・・・。

@niftyブログ『ココログ』リニューアル失敗で使いづらくなった。改行に問題がありHTMLタグの編集しないといけない、画像の貼り付けが面倒、時々画像が表示されなくなる、サイドバーの表示がおかしい等色々問題があって安定しない。サイドーバーのブログパーツ等を一旦削除してしばらく様子を見ることにする。

2019年3月22日 (金)

西成徜徉記(75)

引き続き北津守を歩きます。

Y1903151

久金属工業株式会社。
以前にも訪れているが何度見てもほれぼれとする。

Y1903152

昨年、大阪市の都市景観資源に登録されました。

講評〔大阪市都市景観委員会〕「ファサードや門柱が特徴的な景観をつくり出している名建築である。」

Y1903153

久金属工業の反対側の古い建物は流石にもうないだろうと思っていたが残っていた。

Y1903154

2013年に訪れた時は「ラ・ムー 北津守店」の南側に壮絶な長屋路地を見た記憶があるが見当たらない??見ての通り更地になってしまったようです。昨年の大阪府北部地震(6月)や台風21号西日本直撃(9月)を経てきて、倒壊の危険性のある古い木造建築とかは撤去されていく運命にあるのでしょうね。

Y1903155

路地は部分的に残っていた。

Y1903156

東西に長い路地。

MBSのちちんぷいぷいという番組に「駅前シャッターチャンス」というコーナがあって、前川清、大友康平、水谷千重子の3人とMBSのアナウンサーが使い捨てカメラを片手に駅前に繰り出す。大友康平、水谷千重子の2人は商店街をメインに歩きグルメも楽しむが、前川清はこの写真のような昭和レトロな感じの古い路地が好きなのか商店街には見向きもせず細い路地裏に入り込み長屋のチャイムをピンポンと鳴らすという変り者ぶりを発揮する。突然ピンポンと鳴らしても留守だったり断られたりすることが多いが、たまに怒られることもあるそうです。狭い路地好きな私は前川清に似ている!?

Y1903157

路地を反対側から。

Y1903158

阪神高速道路15号堺線沿いを歩いていると、埋め立てられた十三間堀川の堤防の名残か西側に段差があって住宅地の方が少し低くなっている。そこに傘の家を発見。カップ麺が残されているところを見ると人が住んでいるのか??

色々と楽しめる街歩きです。

西成徜徉記(74)

いったん西成の北に戻り南開、中開、北開を通過して北津守を目指します。

X1903151

金星荘(中開)。

X1903152

2013年にも訪れたやたらと入口の扉の多い長屋住宅は健在でした。

X1903153

花があまりに綺麗なので1枚パチリ。
後ろに見えるのは市営ひらき住宅。

三開地区(南開、中開、北開)を歩くのは、大阪市西成人権協会の看板少なくなった今でも少しばかり緊張を感じる。この辺りは室町、江戸時代初期にかけてはまだ海中か海辺にあり、「開(ひらき)」という地名のとおり海を埋めて開発された土地である。古い木造住宅(不良住宅)の解体が進み、公営の改良住宅が目につく。

X1903154

自動車が完全に錆びている。

X1903155

北津守の松下荘A棟・B棟・C棟。

X1903156

西成区の最北端から目と鼻の先にある琴江橋跡の碑。
今は埋め立てられてしまった十三間堀川に架かっていた橋が琴江橋である。

X1903157

北津守の来福子守地蔵尊。
すぐそばにあった「山口タバコ店」が見事に消えていた。

X1903158

僻地に来たような感のある場所にポツンと建つ木津川駅の駅舎。

3月19日に実施された@niftyのココログリニューアルで炎上!!
19日のメンテナンス作業がかなり伸びてやっと終了したと思ったらアクセスしづらい状況に陥り夜間に緊急メンテナンス。その後もログイン障害やら不具合やらが多発。未だに収まっていない。ココログユーザーさんかなり怒っています。

2019年3月20日 (水)

西成徜徉記(73)

動物園前から天下茶屋まで一気に移動します。

W1903121

天下茶屋界隈。ある商店の側面。ひょうたんにみえる。

以前、「天下茶屋」の記事で、戦前の天下茶屋・岸の里近辺の私娼窟のことを紹介したが、つい最近『白線』(光井雄二郎 昭和33年4月28日 南旺社)という本を読んでいたら天下茶屋のことが出てきた。

「大阪の旅館
 大阪商人らしく趣向も凝っている。
 高級売春婦が多いといわれる阿倍野区天下茶屋では、しもた屋を置屋にしている地帯がある。
「○○寓」という看板を掲げてあって、一見善良な庶民の家なのだが、そこへポン引から電話がかかってくるシステムだ。
 だが交渉も全部符牒で、東京の売春旅館のようにそのものズバリは決して使わない。
「三十代の方が召す、銘仙の品一反と、かすり三反ほどほしいんやけど、どんなもんやね」
 銘仙は、渋好みの年増女、かすりは素人、友禪は玄人のテクニック派、羽二重は二十代の生のいい肌という風にである。
 テックスとくると、バタ臭い外人好みということだ。
 一泊五千円が通り相場、
 素人とはいっても、無職のセミプロが多い。」
天下茶屋界隈の高等淫売婦媒介を専門にする旅館は戦後の売春防止施行の頃まで生き延びていたことが判明した。

W1903122

久鶴荘(潮路)。

W1903123

南海汐見橋戦を越える地下トンネル(千本北側)。

W1903124

ゆり文化(千本北)。十字の壁面デザインがおしゃれ。
地下トンネルの南西側一帯には文化住宅が密集している。

W1903125

中央通寿会(西天下茶屋商店街)の社領商店(千本北)。
昔ながらのたばこ屋さん。下の方にタイルが見える。

W1903126

南本通商店会(西天下茶屋商店街)。つかよし。

W1903127

銀座商店街に立つ「ふたりっ子ロケ地記念碑」。
せせこましい場所にあるので写真も傾いた(涙)。
『ふたりっ子』に出演した三倉茉奈・佳奈は私と同じ関学社会学部卒。佳奈さんが大学時代からの同級生と先に結婚し、茉奈さんが先月2019年2月に結婚されたようでめでたい。

よし!15日のCT検査の結果も特に問題なく(現状維持で、がんが消えた訳ではない)大丈夫そうなのでこの調子で歩こう!

西成徜徉記(72)

引き続き太子、萩之茶屋界隈を歩きます。

V1903121

大番の横の建物は入口が塞がれてしまっていて上の方だけタイルがのぞいている。

V1903122

スポーツメンズクラブ大阪のある通り。
「スポメン」はノーコメント。グーグルで検索するのも怖くてできない。
隣りのカラオケ道場「花水木」は色々貼っていますね。「釜ヶ崎の人生」「釜ヶ崎のブルース」「好きやねん この西成(まち)」「通天閣音頭」「日本橋音頭」「インターナショナル釜ヶ崎音頭」などなど。

V1903123

阪堺電軌阪堺線で東西が分断されているため、このガード下のトンネルは人通りが多い。

V1903124

線路沿いの大隅アパート・第三白ゆり荘。

V1903125

覚せい剤一掃宣言の看板が残っている。
昔はたちんぼ(シャブの売人)が太子の交差点付近から堺筋沿い、チン電沿いにたくさんいたそうですが今は浄化されほとんど見かけない(地下に潜ったとも言えるが…)。

V1903126

萩之茶屋。左から「喫茶ブライト」「旅館かなめ」「一番」「焼鳥ジロー」「クローバー」。
「旅館かなめ」は、三帖 500円より!?最安値?ほんまかなー。ホルモンうどんの「きらく」ともども釜ヶ崎では有名な「焼鳥ジロー」は昼から営業中。昨年まで「きらく」のそばで営業していた車の移動式屋台がここに引っ越してきたようです。

V1903127

ホルモン屋さんの「きらく」。
この店は「じゃりン子チエ」の「おバァはん」の店(ホルモン屋)のモデルになった、と書かれているサイトもあるが、妙に納得してしまう。

V1903128

日乃出。玄関のタイルが素敵!

体力の低下が著しく、ちょっと歩いただけで疲れる(T_T)。

«西成徜徉記(71)