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October 18, 2018

3人のQB

関西学生アメリカンフットボールリーグDiv.1 は第4節まで終わり、関学、立命館、関大が4勝で並んでいていよいよ後半戦の戦いを迎える。

我が応援する関西学院大学ファイターズは三人の正QB争いが注目の的。

QB#18西野航輝(4年)
筋力トレーニング好きで体を相当鍛えているのか体幹が強く肩も強いのが魅力。
剛腕パッサーでNFLのQB並みの早いパスを見せることもある。
パスの精度を上げて欲しいところが自分の走りに頼りすぎるところが難点。
大学での試合経験は奥野より豊富。

QB#3奥野耕世(2年)
視野が広く危機回避能力にすぐれている。
サンテレビ中継時(10月7日)の小野ディレクターの談「スクランブルでプレーが崩れた時に捕まえられそうになりながら牛若丸のようにひらりひらりとラッシャーをかわして自分で走るのかあるいはレシーバを探して投げるのかという正確な判断をしてゲインをかせぐという、チームの歴代の中でも非常に突出した選手だと思います。」「視野が広いので、ラン、パスの切り替えが上手。逃げながらでも、ターゲットを探すのがうまい。」
鳥内監督「奥野は視野が広い選手。ファーストターゲットに投げれないと切り替えてレシーバーを見つけて投げれる。(ディフェンスのマークから)逃げながらターゲットを探すのがうまい。」

QB#10光藤航哉(4年)
キャプテン。サウスポーQB。
2人に比べると少し出遅れ。少し線が細く怪我をし易いがフットボールセンスはピカイチ。

平尾渉太(1年)
U19日本代表で大器を予感させる期待の1年生パサー。
立命戦で秘密兵器として登場させる可能性もある。いやまだ早いか。

思えば2014年10年ぶりクリスマスボウル(全国高等学校アメリカンフットボール選手権決勝戦)を制覇した時のQB大橋一也が最終的に入部しなかったことは残念なことだった。パスのフォームやショベルパスの投げ方、それにプレーコール時のふてぶてしさまでが当時高等部のコーチだった三原雄太にそっくりでそのクォーターバッキング振りは天才かと思ったものです。

RB陣は関西学院高等部でも活躍したRB#35富永、RB#21三宅、RB#28前田公らが使える見込みができてきたことは収穫。TE#89勝部をもう少しレシーバで使ってほしい。エースRB#34山口がけがで欠場中なのが気がかり。10月7日の甲南戦ではWR#85松井がスタンスして練習に参加していたと聞いた。高等部出身でRBとして活躍していたDB#2出光浩太朗がキッキングチームのカバーメンバーや二枚目のDBとして出場していてびっくり。二年連続クリススボウル制覇時(2014年、2015年)の立役者たちが今3年生、4年生になっている。主力メンバーであった稲付、八瀬らが途中退部している。高校時に活躍しても大学で活躍できるとは限らないという厳しい世界である。

先日の甲南大学戦で今シーズン初タッチダウンを決めたRB#35富永将史(4年)のお父さんが私と同期で関学アメフト部OBの富永晋であるというのを始めて知った。私の同期生(1989年に4年生)の埜下雅基、渡辺肇の息子(WR#1埜下大雅(3年)、RB#渡邊大(3年))もそれぞれ現在アメフト部で活躍している。昨年度の主務のTE#93三木大己のお父さんはひょっとしたら同期の名RB三木仁人であろうか。

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学院、新学生会館にて(4年生)。
「Fight on, Kwansei 関西学院大学アメリカンフットボール部 50年史」より。

前列右から、DE廣部智巳、LB白石章、?、QB城之園哲朗、QB埜下雅基、RB三木仁人、RB中川雅之、?、RB築坂実、OL幸田浩明
後列右から、?、TE目黒元之、RB渡辺肇

1989年のイヤーブックも確認したが全員顔と名前が一致しない。富永晋は後列?4年生唯一のWR渡部総一郎や京大水野監督が「いいDE。」と褒めていたDE竹中理もいるはずだが…。追尾型の名LB白石章。QB埜下雅基は豪快なランに目がいきがちだったけど決してパスも下手ではなかった。TE目黒は関学史上最高のTE。甲子園球場で行われた関京戦(3-3)はRB三木仁人の1000ヤードラッシュの記録を意識し過ぎたか。

1989年は関西学院が創立100周年を迎えた年。1月、昭和天皇が崩御。昭和から平成に変わった。世の中はバブル景気に沸いていた。経営の神様・松下幸之助が4月死去。後に松下電器に入社することが決まるが創業者の声に直に接することはなかった。就職が決まり秋のアメフトシーズンは甲子園ボウルまでKGの試合は全試合観戦。あれから29年、息子たちの世代が活躍する時代に変わった。

体調が良ければ大阪モノレールアメフト1dayチケットが使える日(11/4、11/18、12/2)に万博記念競技場に観戦に行きたい。

October 13, 2018

ねえ あんた

10月8日(月)、読売テレビ放送の『マツコが日本の風俗を紐解く「かたせ梨乃が進駐軍の前で踊り狂った時代…マツコ」』を見た。
飛田新地の映像は料理組合がよく許可したなぁと。
撮影が禁止されているような場所を撮影するなと禁止している側が公に晒す矛盾。
ふるさとの老人ホームでのヨコハマメリーさんの姿。
渡辺豪さんの発言の場面が少なかったような気がする。

番組中バックに流れていたちあきなおみの「ねぇあんた」心に染み入る名曲ですね。

テロップ「昭和20~30年代 赤線地帯に従事する女性の悲しくも温かい心を綴った唄」

マツコさん「自分の家に迎い入れる形の風俗よね。そこに住んでいる女性がその常連のお客さんがいて本人としてはもう半分夫婦になったぐらいのつもりのさぁ会話をするわけよ。でもある日ちょっと暴言までもいかないけど生意気を言ったらもう二度とその男の人が帰って来なくなったという唄なのよ。」

ちあきなおみさん「昭和20年代から30年代にかけてのそんな時代の日本の片隅に悲しい女たちがいました。」

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痛い

近況報告
10月2日(火) 診察・外来化学療法
10月3日(水) CT検査
10月9日(火) 診察・外来化学療法
その他、長期入院中の父の見舞いなど。

10月2日は7週目で抗がん剤・パクリタキセルはお休み。この7週目で1サイクル終了。
10月9日は10月3日に受けたCT検査の結果を聞く。鎖骨上あたりの腫瘍と肺の転移ともに少し小さくなっているとの評価。副作用がひどくならなければこの治療を続けていくことになった。この日から2クールの治療開始。少しずつでも小さくなることを期待して頑張ろう。不思議と首周りの痛みも治まっているので一安心。小林麻央さんはリンパ節のほかに肺や骨、顎下に転移していたと聞くが、顎への転移は相当痛かったのだろうと想像する。副作用の方は口内炎と便秘がおさまってきた。かわりに髪の毛が毎日大量に抜けて悲しい。髪の毛は抜けるばかりなので、せっかく買ったバリカンの登場の機会もない。髭も生えてこなくなったのでシェバーも使わなくなった。

10月1日、本庶佑さんのノーベル生理学・医学受賞のニュースは免疫チェックポイント阻害剤・オプジーボが全く効かなかった私としては複雑な気持ちで聞いた。オプジーボは再発・進行がんで他の抗がん剤が効かなかった時に適用されるみたいで、色んな抗がん剤を使ってきてダメでようやく夢の新薬・オプジーボが投与できると喜び、1月から7月まで頑張ってオプジーボの治療を受けたが効果は出ずがんは逆に大きくなり悪化。副作用がほとんどなかったことだけは感心した。担当医からは効かない方が多いと事前に聞いていたので高額の治療費をどぶに捨てたとも思わない。ノーベル賞を与えるのなら、万人に効く薬を開発した業績に対して与えて欲しいものであると最初思ったが、新たな発見とか新しいがん治療の道を切り拓いた功績が評価されたということで今は理解している。

私のがんの原因はアルコールだと思っている。一時期大量に飲酒してアル中状態だった。私は基本お酒に弱く飲むとすぐに顔に赤みが出る。酒に弱くて顔が赤くなる人はガン体質といわれている。飲酒するとアセトアルデヒドと呼ばれる毒性のある酵素が体内で生成され、これが二日酔い等の原因となるが、私の場合は肝臓でのアセトアルデヒドの解毒作用がかなり弱いタイプで普通はアルコールが摂取できなかったり、少量しか飲めないところを無理して長期間大量に飲酒し続けたことが良くなかったのであろうと。

ここのところ調子が良かったのが、今週にはいって右後頭部に激しい痛みが出てきた。あまりの痛みに寝ているしかない。他のところに転移しているのか骨転移か…。

今月後半に緩和ケア病棟のある病院へ面談・見学に行く予定。
まだ終末医療(ターミナルケア)の段階に入るには早いが準備しておかないと。

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October 01, 2018

長野新地と長野温泉(後篇)

八重別館や三陽荘のあたりは18年前から時が止まったかのように変わっていないことに感動。

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三陽荘(みはるそう)。
急な階段に沿って積み上げられるように立っているのが凄い。

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二階部分が渡り廊下になっていて下がトンネル状になっている。

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少し上の方にもトンネルがある。

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三陽荘の看板も長いこと放置されたままで廃墟状態。
この看板の他にも「三陽荘(土地)」の看板がいくつか放置されていた。

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トンネルの反対側。

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入口付近。もう少し奥に玄関らしき場所がある。

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三陽荘をさらに上に登っていくと左手が河内長野荘で右手の奥に日蓮宗妙長寺がありました。河内長野の妙見さん。観光山と書いてありますね。

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引き返して石川にかかる鉄橋「黄金橋」に戻ってきました。

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黄金橋を渡ると先ほどのニューニッカの看板のスナックが出てきます。

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八重別館のならびにあった青柳、ごんべ、玉屋、一力、喜楽、あづまなど料理屋・旅館・飲み屋は跡形もなく今は新しい住宅が建ち並んでいます。
電柱には遊園地とあります。長野遊園地は長野公園のことなのですが、大人の遊園地(新地)を連想してしまう。

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石川の河川敷に降りてみました。

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石川と天見川の合流地点に近いここが長野温泉の源泉。
河内長野荘にはポンプで汲み上げられているのかな。
前日の雨の影響で川の水量が多い。
長野温泉は黄金橋と落合橋の間の石川右岸にあり、閉鎖していた極楽寺温泉を引き継ぐ形で昭和36年に開業。

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北の方にある諸越橋からさらに北の方、「たから亭」があった場所を目指して歩いてみました。んんっ、なんか料理旅館がある。

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表札の漢字が読めない。「料理旅館たから亭」とも読めるが…。
人の気配がなく営業している感じではなかった。

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「たから亭」裏の用水路と細い道。

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白萩荘や白樫亭があった方も車道沿いに歩いてみました。
渓流沿いの古ぼけた一軒家がいい感じ。

ぐるっと1周して1時間半ちょっと。
まだまだ見落としたところもありそうなので今度は温泉にでも入りにゆっくりしに来たい。

長野新地と長野温泉(前篇)

9/25(火)は、6回目の抗がん剤治療。発疹、口内炎、便秘、脱毛の副作用やら体がだるかったりでしんどい。左鎖骨上の腫瘤はぽっこり出ていたのがあきらかに小さくなった。抗がん剤は効かないと常々私が言っていたのと違う結果が表れているのだが…。肺に転移している癌は体の中なのでCT検査で見ないとどうなっているかわからないが小さくなっているという期待は薄い。抗がん剤も繰り返し使っていると耐性ができてしまいますからね。6週続けたので来週はパクリタキセル(タキソール)は休薬で、アービタックス(セツキシマブ)のみ。パクリタキセルによる脱毛は確実に出てくるのがわかった。千春のようなツルツル頭になりそう。

急に思い立って長野温泉や長野新地のあった河内長野駅前まで散策に行ってきました。約18年振りの訪問。
京阪電車を北浜駅で降りて大阪メトロ堺筋に乗り換え天下茶屋まで行き、そこから南海高野線の急行に乗り換え河内長野に到着。南海高野線の23分の乗車で490円というのは高い。

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南海河内長野駅の東口を出て北に向う路地を入ってすぐの所に「おばな旅館富貴亭」がある。昔は料理屋だったんでしょうね。

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料理旅館八重別館のアーチが出迎えてくれる。
左側の「チャイニーズキッチン匠」のところには以前「こがね旅館」があった。
その頃このアーチ看板には店の名前がずらっと並べられていた。

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黄金橋の方に降りていくとニューニッカの看板。
昭和の頃はこの石段のある坂道の両側にもバーやスナックがあったそうです。

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黄金橋は渡らずいったん線路沿いに戻り南の方に向って歩き回り込むことに。
多喜乃家、翠月、楠館、河鹿荘、楠翠閣(南楠荘)があったところを横目に痕跡が残っていないことを確認しつつ、錦水橋を渡り錦水楼があったとされる場所に到着。

錦水工房は装飾インテリアのお店で喫茶店・孫九郎も併設。

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建物の横を見ると丸窓やひょうたんのくり抜きもあったりして雰囲気がある。

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錦水楼のような古い建物は残っているはずがないと思っていたが、築100年ほどの古い旅館の離れをリノベーションしたとの記載がフェイスブックにあり納得。

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落合橋から如来会館を望む。
後ろには山肌にへばりつくようにコンクリート建造物が建っている。

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如来会館裏手のコンクリート建造物の1階入り口部分がかわっている。
あとで上に登ってみたら上部には、犬猫のホテル&美容院「ペットビューティー」があった(営業していない模様)。

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こんもりとした山裾に佇ずむ千成山荘。
旧ラドンセンターの脇を長野公園の方に登っていくと公園管理事務所や千成山荘、河内長野荘などがある。

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如来会館の右手から石川と並行して用水路と細い道がついている。

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北に向かってしばらく歩くと飾り窓に出合う。

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料理旅館「八重別館」に到着。

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この空間好きです。
「岩風呂 料理旅館 八重別館」「八重別館 割烹小町」。

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「和風スナック古都」。手前に古い案内図が残っている。

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「和風スナック古都」は、三陽荘に併設のスナックだったのかな!?

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丸い格子窓がいい感じ。

長野新地は昭和8年にカフェ歓楽街として誕生し、行楽客や団体客向けの観光料理旅館が繁昌。戦後は青線に指定され、売春防止法施行後も行楽客向けの料理屋として営業を継続した。しかしその後も売春はひそかにおこなわれ続けていたという。

September 24, 2018

京橋はええとこだっせ

グランシャトーのサウナに久しぶりに行った。昔より料金設定が高めのような気がする。
その後、京橋の繁華街をぶらぶら。

18日(火)、5回目の抗がん剤治療。体調は良かったり悪かったりで一進一退という感じ。西成を歩いていた5~7月頃はあまりの痛みでひょっとしたら年を越せないんじゃないと本気で感じていたが、抗がん剤が変わって風向きが変わったのか、少し持ち直しこの調子だとなんとか年を越せそうで嬉しい。

そのかわり脱毛がだいぶひどくなってきた。この頭で散髪屋に行くのもいやで、0mmの丸刈りもできそうなフィリップスのバリカン QC5582/15(6,638円)を買って自分でカットすることにした。ちょっとむらが出来て虎刈りっぽくなったけど何回がやるうちに慣れるだろう。1080円のQBハウス、6回で元がとれる計算。

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JR京橋駅を東側に出てパチンコ屋さんがある細い路地に入ると蒲生旅館が残っている。

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ホテル富貴の前の通りにスナックベアとスナックムーンリバ-。スナックベア、渋い。

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旅館まがら。営業しているのだろうか?グランシャトー側の東野田町3丁目はかつては旅館街だったのか今も連れ込み旅館風の旅館・ラブホテルが何軒か残っている。

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私の好きな建物宮原計量器製作所)。左隣がホテル千扇
右奥にフォーカス2という巨乳専門の風俗店が昔あって何回か入った記憶がある(汗)。

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小桜横丁の入口。「どら猫ロック」というのはかっこいい店名。

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小桜横丁の路地風景。

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こちらは「かっぱ横丁」。突き当りがホテル富貴

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「かっぱ横丁」のスナックドル。

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国道を渡って協和病院の左手の「陸奥こむらさき」の看板があるところから飲み屋の集まる通りがあったはずだが…。私が以前書いたものには、都小路飲食街、キョーエービル飲食店街とあるが、キョーエイビルはもう少し北側なので都小路飲食街かなぁ!?記憶が定かでない。この東側の通りに京橋アカデミー劇場というピンク映画館があったことははっきり覚えている。

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昭和ロマンの香る街・京橋さくら通り。少し先の左手が小桜横丁。

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大黒堂。以前はサウナもやってたんですかね。右手がホテル富貴。夜遅い時間になるとホテル富貴の前の路地にはポン引きがよく立っていました(今は知らない)。

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1号線を渡って東野田町4丁目のラブホテル街に移動。
ラブホテルに挟まれるようにして1軒の集合住宅がたたずむ。

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京橋駅近くのラブホテル街となっている場所は戦後から昭和30年代頃にかけては旅館が立ち並び街娼や売春業者がはびこる場所として知られていたが、今は近代的なラブホテルが立ち並ぶ。その中の一画だけが昔ながらの佇まいを残している。

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人が住んでいる気配はない。今は店舗型の風俗店が少なくなり、デリヘルの事務所のようなところがラブホテル街のビルの中にあるみたい。

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ラブホテルに隣り合った古い建物。

September 17, 2018

あの日この日

尾崎一雄の『あの日この日』(尾崎一雄 講談社 昭53年)の講談社文庫全4冊揃が安く手に入りようやく読み終えた。

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上記以外には、尾崎一雄展の目録(県立神奈川近代文学館 昭和61年3月)があった。
全4冊もあるのだから戦後の話まで続くのかなあと思ったら終戦で話が終わった。途中脱線が多すぎる(笑)。文壇回想記は自分の中では広津和郎の『年月のあしおと』に止めを刺す。尾崎一雄の作風は木山捷平に似たところがあるが、木山捷平ほど読後の印象が残らない。それでもまた読みたくなるのが不思議。あれはいつだったか小田原出身の作家・川崎長太郎や牧野信一も好きだったので休みの日に小田原まで何度か行き川崎長太郎ゆかりの地や抹香町を訪れた際に一度だけ下曽我の宗我神社まで足を延ばし尾崎一雄が住んでいた家の「尾崎」の表札を見て帰ったことを思い出す。

以下、備忘録的な記録。

・理科の杉野伊勢雄。学友会編纂部幹事。杉野喜精(山一という証券会社の社長、東京株式取引所の理事長)の長男。
・歌人都築省吾。都築の短歌だけ別格(学友会雑誌)。
・尾崎一雄の友人。浅見淵(あさみ ふかし)、丹羽文雄、(逸見広(へんみひろし))。
・中谷博。中谷の父が大軌(大阪電気軌道、のちの近鉄)の支配人。
・早稲田の級友・憲原(けんげん)。満州人。清朝の粛親王の第何子かで、その妹に川島芳子(日本名)と呼ぶ王女がいた。
・紺弓之進(こんゆみのしん、近藤正夫)の小説。「夏」「無花果」。
・河野一郎。小田原中学同期。政治家。小田原出身。
・加納和弘(加納鉄哉の息子)、兵本善矩、上司海雲。奈良滞在時の関係者。
・小説の達人・兵本善矩が生きているのかについてと小林多喜二の志賀直哉訪問時期の追求。
・丹羽文雄。中学2年まで四日市過ごした私は、丹羽文雄の生家・崇顕寺のそばにあった川村眼科に一時期通っていた。
・尾崎一雄の恩師・山口剛教授の可寿夫人(第五女)と、その姉なる築地小劇場の女優東山千栄子(次女)の姉妹は、貴族院議員大審院判事渡辺暢(わたなべとおる/のぶ)の娘。
・緑川貢「日本浪曼派私記」。季刊文芸誌『ポリタイア』に連載。
・青柳優(あおやぎたか)。友人の評論家。青柳一族が長野県の豪家で、上高地に温泉ホテル(上高地温泉ホテル)を経営しており、優はそこの支配人。
・白井俊明(しらいとしあき)。小田原中学同期。理化学研究所。東大理科の教授。
・山崎剛平の砂子屋書房が刊行した本では川崎長太郎『朽花』を持っているが、古本屋で6万円した。今「日本の古本屋」で検索すると倍以上の値段がついている。
・和田伝「沃土」。砂子屋書房の改訂新版は安く手に入りそう。
・尾崎一雄は古本収集癖があり古本屋を頻繁に訪れているが、自分も同じく古書好き。神保町の古本屋街や早稲田近くや本郷の古本屋によく通った。

September 15, 2018

西成徜徉記(70)

最近病院にしか行っていない(>_<)
早く出歩きたい。
デジカメ故障中、街歩き自粛中につき夜の飛田新地界隈でも…。

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新開筋商店街。丸岩商店。

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新開筋中央商店街。丸茂商店(丸茂電気、山田商店、出物百貨)。

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山王市場通商店街。助六。

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端通り。山吹町会。

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オー、素晴らしい。欄干とステンドグラス絵(ピンボケ)。

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出世地蔵大菩薩。桜木町会。

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百番通り(弥生町会)。

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いさみ寿司。

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若菜町会。

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松田町の方へ向けるガード下の道。

September 13, 2018

近況報告

毎週抗がん剤治療を続けているが、副作用が出てきてつらい。元気なし。
おまけに家の方もばたばたしていて、ブログの更新がしばらく滞りそうなので近況報告だけ。

8月27日(月)
前の週から調子が悪く3・4日食事もとっていない父を病院に連れて行った。何カ所も検査をたらい回しにされ色々と病状が判明。即入院。夜遅く全てが終わり夕食も終わってほっと一息ついていたところ、今度は私と一緒に病院に付き添っていた母がこむら返りのように足や手がひきつけを起こして倒れ油汗をかいて苦しみ出した。仕方なく救急車を呼んだ。目と鼻の先にある香里病院に運び込まれて応急処置を受け回復。聞いたところ父に付き添っていた私は途中食事をとったり水分をとったりしていたが、母は前夜から心配でよく眠れなかった上に付き添っている間食事も水分も全くとっていなかったとのこと。私も配慮が足りなかったと反省。父の入院、母の救急車騒動でとんだ一日であった。

8月28日(火)
新しい抗がん剤治療2回目。
新しい抗がん剤投与を始めた17日以降不思議と痛みは去っている。痛み止めのカロナールを飲むのも28日から止めた。しかし外に飛び出た腫瘤はいっこうに小さくなった気配はない。パクリタキセルは7週間サイクル(6週間連続投与し、7週目は休薬)。
さくらももこさん乳がんでご逝去の報を聞く。私と同じ昭和40年生まれで、「ちびまる子ちゃん」は私と同じ小学生の頃(昭和49年頃)が描かれていて懐かしさを感じさせるものだった。西城秀樹や山本リンダも好きだった。私と同じ昭和40年9月9日生まれの有賀さつきさんも今年亡くなった。同じ病気で同世代の人が亡くなっていくことはつらい。

9月3日(月)
愛用のデジカメが先月から調子が悪かったのがいよいよ動かなくなりカメラのキタムラに修理に出す。父の入院もあり街歩きはしばらく自粛。

9月4日(火)
抗がん剤治療3回目の日。
台風21号直撃で京阪電車は午前中動いているが午後から運休。病院は通常診療なので行くことにしたが、帰りをどうするか迷う。タクシーで帰ってもよかったのだが…(京阪電車は23時20分頃に復旧)。結局がんセンター近くのホテルマイステイズ大手前に泊まることに。14時半頃の一番風が強い時間帯に移動したら眼鏡が強風に飛ばされ失う。ホテルはマンションをホテルに改築したようで結構広々としていた。母から電話でマンションのテラスのガラスが割れた知りびっくり。ビルやマンションは耐震構造になっていても外壁は風に弱い!?副作用の皮膚の発疹と口内炎がひどい。食べるのがつらい。

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9月6日(木)
朝起きたら北海道地震(最大震度7)のニュース。
今年は災害の多い年になった。6月以降でも、6/18 大阪府北部地震(震度6弱)、6/28-7/8 平成30年7月豪雨発生、9/4 台風21号日本直撃、9/6 北海道地震(最大震度7) と続いている。

9月7日(金)
入院中の父の手術。
癌はだいぶ広がっていて全部は取り切れなかった模様。年齢が年齢なだけに無理な治療はできない。83歳で痴呆がだいぶ進み、今年は暑くなってからテレビの前からほとんど動かなくなっていた。色々と思い当たることがある。なんとか少しでも長く生きられるよう家族で支えていくしかない。

9月9日(日)
私の誕生日。
妹が買ってくれたティコラッテ(香里園店)のケーキをおいしくいただく。

9月11日(火)
抗がん剤治療4回目の日。
顔の発疹がかなりひどい。
強めの塗り薬(ステロイド外用薬)と抗生物質を出してもらう。

病人ばかりの我が家であるが、静岡から姉が応援に来てくれたり、近所の妹も毎日見舞いに来てくれたりしているので助かっている。ありがたい。

August 22, 2018

文化住宅2

西成徜徉記を続けていく中でいつしか文化住宅とその玄関周りのタイルに惹かれるようになり、文化住宅とタイルが自分の中のテーマのようになってしまった。

つい先日地元・松屋町を通ったらあの美しい「みはま荘」が消えていた。ショック(泣)。松屋町周辺を再度チェックしながら歩いてきました。んーん、いつの間にか古い集合住宅は壊されどんどん新しい家が建てられていたんですね。

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松屋町。松竹荘、冨士苑のある通り。

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松竹荘。二階部分のタイルや四角い窓枠がおしゃれ。

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踏み込みのタイルも見事。

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一本東側の粟田文化。二階へ通じる階段にあわせてびっしりタイルが貼られている。

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槙野文化東棟にも同じように階段に沿ってタイルが。
同じ並びにあるスーパー・アートタウン香里が4月27日未明の火災により一部焼失し閉まったままでしたが9月27日(木)に営業再開とのこと。工事がだいぶ進んでいる。

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香容荘。
京阪電車の線路を渡って枚方側。人が住んでいるのかよくわからない。
この右側の通りは切り立った崖沿いで鬱蒼とした中に古いトモエ文化服装香里専門学校の建物もあって雰囲気があったのですが、今は小綺麗な住宅が立ち並ぶようになってしまいました。

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京橋のタイル円柱も残っているか気になって見に行ってきました。
京橋のラブホテル街を抜けしばらくまっすぐ行くと到着。
無事でなにより。

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左側円柱。

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右側円柱。

鶴見橋の春日荘箱根・強羅の豆タイル円柱とは色が同じで似ているようだがタイルの大きさや形が異なっている。

«白茶の土

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