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August 15, 2018

和田浩治特集

先月7月6日が和田浩治の三十三回忌でした。
昔のカセットテープを取り出してきて故人を偲ぶ。

テープの中身は1988年の和田浩治三回忌の際にNHK-FMで放送されていたもの。

「ひるの歌謡曲」(12:15~13:00) 海野景昭(うんのかげあき)

みなさんこんにちは。お元気でしょうか。海野景昭です。
今週の「ひるの歌謡曲」は思い出の歌手ということでお送りしております。
今日は和田浩治さんです。

和田浩治さんが映画スターとして芸能界に入ったのは昭和34年15歳の時だったといわれています。石原裕次郎さん、赤木圭一郎さん、小林旭さんらと一緒にダイヤモンドラインを結成して映画界を所狭しと活躍しました。その和田浩治さんが音楽の世界に入ったのは昭和45年『小さなあやまち』が最初でした。そしてその後は1年か2年に1曲というようにじっくりと時間をかけていかにも和田浩治さんらしい哀愁の漂う曲を送り出してきたのです。今日はそんな曲の中から一部は所属したレコード会社のご厚意で原盤から直接録音したテープでお届けいたします。では聞いていただきましょう。

1.小さなあやまち
2.久しぶりだね
3.男の酒
4.ふたり道
5.おもいやり
6.夢ストーリー
7.やさしさ
8.夜のめぐり逢い
9.恋ぼたる
10.つぶやき
11.なぐさめ

「つぶやき」「なぐさめ」「夢ストーリ」は名曲だと思う。

荷風文庫2

永井荷風の文庫本、だいぶ読んだ。

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「西遊日誌抄」がいいですね。佐藤春夫が、芥川龍之介は永井荷風を語る毎に「荷風氏では西遊日誌抄にトドメをサス」というのが常であった、と伝えているのも納得。「秋の女」からの戦後の短篇作品もいい。

地獄の花

深川の唄
歡樂
監獄署の裏
花より雨に
曇天
春のおとづれ
すみだ川
牡丹の客
見果てぬ夢
祝盃
野心
柳さくら
 散柳窓夕栄
 恋衣花笠森
西遊日誌抄
新帰朝者日誌
雨瀟瀟
雪解
二人妻
かし間の女
かたおもひ
冷笑
藝者の母
寝顔
カッフエー一夕話
あぢさい
榎物語
腕くらべ
夏すがた
花火
夜の車
つゆのあとさき
ひかげの花
女中のはなし
勲章
踊子
浮沈
来訪者
おもかげ
葛飾情話
問わずがたり
にぎり飯
心づくし
秋の女
買出し
人妻
羊羹
腕時計
或夜
噂ばなし

畦道
老人

August 13, 2018

野迫川温泉

世間ではお盆休み。
先週に続き近場の旅行。
奈良の野迫川温泉に一泊で行ってきました。

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途中、地元の農産物を販売している「ファーマーズマーケット やっちょん広場」(和歌山県橋本市)や「道の駅「柿の郷くどやま」に寄りながら、高野山に到着。
壇上伽藍、金剛峯寺、金剛三昧院と短時間だけ観光。

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高野山の街中を歩いていたら高野山では珍しいスナックの看板のある路地を発見した。

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古くからあるスナックどんぐり。
高野山では他に飲みに行くところが少ないので、ここは貴重なスナック。

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高野山を出てしばらく行くと、恐ろしく狭いぐねぐねの山道(酷道)が続く。ガードレールのない急カーブのところは車が落ちるんじゃないかという恐怖心がおこってくる。それに対向車が来たらどうすればいいのという感じだったが運よく対向車は一台も来ず宿泊のホテルに到着。

奥高野・野迫川温泉「ホテル のせ川」(奈良県吉野郡野迫川村北今西)。

車から降りると大阪の下界のねっとりした空気とは違い爽やかで涼しい。野迫川村は夏は涼しく冬は寒く雪が多い。ホテルの人によると、例年は涼しい夏も今年は猛暑の影響でここでも暑いとの話しでした。ホテルの近くにはキャンプ場やあまご放流釣場があって、日帰りの入浴客も多い。

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夕食はのせ川名物アマゴの塩焼きとカシキ鍋 (カモ肉・シシ肉・キジ肉)。
肉や野菜のだしが良く出た最後の雑炊がおいしかった。

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翌日の朝、朝食前に北今西の集落を散策。
右手の覆いが被せられている建物は旧・北今西小学校。
左手前は「民宿ひょたんや」。山菜料理と書いてあります。

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民宿はやってなさそうですね。

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少し歩いていくともう一軒民宿が見えてきた。

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「民宿 さかもと」の看板と入口付近。こちらも営業していなさそう。

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北今西の集落風景。左側の白い建物が「ホテル のせ川」。
この北今西の集落、住んでおられる家はまばらのようです。

野迫川村は近畿地方の市町村の中では一番人口が少なく、人口減少が急激に進んできていて過疎化・少子化が深刻。村内の各集落には小学校が存在していたのが、今はほとんどが廃校休校に追い込まれているとか。ネットを検索すると物好きな人もいて廃校めぐり・廃村めぐり(中津川・紫園)で野迫川村を訪れる人がいるようです。この過疎化が進む村の中でホテルのせ川さんの頑張りには頭が下がる思いがしました。

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民宿わきの坂道を登って振り返る。

野迫川村は高い山の谷間に集落が点在している。自然や緑も多く、古い民家の残る田舎の風景。また訪れたいと思う。だから残して欲しい思うのも都会の人のエゴなのかなぁ!?

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廃屋だろうか?

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急傾斜地に家が建っている。

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帰路、パワースポットの立里荒神社(たてりこうじんじゃ)に寄りました。
参道には木製の鳥居が頂上の本殿まで170基以上連続して並んでいる。

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荒神社は荒神岳の頂上にあり、高野山の奥社で日本三大荒神社の一つ。
御神木が拝殿の屋根を貫通している・・・。

短い夏の休みが終わった。
今週はがんセンター入院。
もう後が無い治療、頑張ろう!

August 08, 2018

西成徜徉記(69)

立派なお屋敷も残っている玉出はかつては「西成の芦屋」だったのですが、古びた集合住宅なんかを見るとそのイメージが浮かんでこない。私が前に住んでいた寝屋川市末広町は「京阪の芦屋」と呼ばれていた。広い地所の大きな家が壊されるたびに、狭い地所の複数の住宅に分割されていって、こちらも「京阪の芦屋」のイメージがいつの間にかなくなってしまった。

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引き続き玉出東を歩いています。

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石畳の坂道「久保田の坂」の入口に「すぐ帝塚山」の道標がたっている。

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ビルの壁にタイル絵が…。

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正面が一面タイル張りで美しい2階建てのお家。

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薄いピンクで所々えんじ色の混じったタイルがアクセントになっています。

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大阪市立晴明丘南小学校と粉浜霊園の間に南北に180mの長い路地(旧五十軒長屋)がある。この通りの東側で大規模な工事をしていた。来年2月にスーパーのライフがオープンするみたい。

今週末奈良の温泉に一泊の旅行。来週後半に2泊3日で入院予定。西成徜徉記はしばらくお休みします。街歩きするにもまだまだ暑いですからね(;´Д`)。皆さんも熱中症にお気をつけ下さい。

西成徜徉記(68)

天神ノ森を超えて玉出東に入りました。

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西成徜徉記(36)で正面だけ見た南海電気鉄道玉出変電所の側面を眺める。
赤煉瓦の外壁やアーチ型窓の意匠が特徴的です。正面もそうなのですがアーチ型窓は埋め込まれてしまっているのかな。建物の裏に回るとまた違った姿を眺めることができます。

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玉出変電所前でカメラを構えていたらチン電が来た。踏切とかないのが怖いが京阪電車のように猛スピードで走って来ないので大丈夫です(^▽^;)

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変電所横の集合住宅。2階の少し飛び出た所に2つ穴が開いているのと入口の上がアーチ状になっているのがいい感じ。

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古くて味のある邸宅。家屋と塀の間から伸びている大きな木の存在感が凄い。

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豊荘。金色だったと思われる立派な「豊荘」の箱文字は「荘」が無くなっている。

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集合住宅の壁一面が赤く錆びたトタン板で覆われている異彩を放つその姿に圧倒される。

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嶋吉マンション。隣に「嶋吉ハイツ」があります。

西成徜徉記(67)

8月に入っても毎日暑いですね。
地球温暖化の影響でこのままだと毎年夏の気温が1度1度と上昇していって数年後には7月8月の毎日の最高気温が40度以上というのが珍しくなくなるかもしれませんね。おそろしや(´∀`)。

今回は、天神ノ森から玉出東の方へ向けて歩きます。

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新今宮駅前から阪堺電気軌道阪堺線に乗って聖天坂で下車。ずっと南霞町停留場と思っていたのに新今宮駅前停留場に変わっていてびっくり。写真は天神ノ森。

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同じく天神ノ森。水色の面格子がいい感じ。

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見たことあるなぁと思っていたら1年前にも同じ建物を写真に撮っていた。

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格子のあるお家。都会で和風建築の家を見ると何故かほっとします。

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天神ノ森マンション。コバルトブルーの派手な色が目立つせいか妙な迫力を感じる。

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ただ見上げる。左隣りが「とんかつ一番」のある「マンション一番」です。

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んん、とげぬき地蔵尊!?巣鴨じゃなくて天神ノ森です(;´Д`)。

August 05, 2018

倉真温泉・真砂館~生湯

8月1日が病院の検査と診察。血液検査の数値がまた悪かった。腫瘍がだいぶ大きくなってきていて痛みが増している。オプジーボは効いていないとの判断で投与は中止になった。8月7日に受けるCT検査の結果で客観的な判断をすることになった。日々痛みが大きくなっていくことにはすごく不安と恐怖があるが、あまり考えすぎないようにしようと思っている。

8月3日、久しぶりに掛川。
姪っ子の赤ん坊(1歳)を妹の家族と一緒に見に行くことに。
大人数で姉の家に泊まるのは大変なので近くにある掛川・倉真温泉に泊まっていきました。

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途中、伊賀のレストランitoで昼食。刈谷パーキングエリアで休憩しながら無事宿泊先の真砂館に到着。真砂館は創業明治27年(1894)の老舗。泉質は、単純硫黄冷鉱泉。

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夕食は静岡ポークのお茶しゃぶしゃぶ。大きなレタスがどーんと載っていてそれでお腹を膨らましているような感じだった。がん患者としてずっと肉や甘いものは食べないと徹底してきたけれど、最近は残り少ない人生なので好きなものを食べようというように食べる物も変化してきて肉でも時々食べます。

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翌日、朝食までの時間を利用して宿の周辺を散策。
「倉真地区サイン計画」によって設置された地元木材を使った案内看板。
案内看板によると倉真温泉郷には真砂館、翠月、落合荘との3軒の宿があるようです。

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真砂館の古い看板。
貼ってあった物がはがれ落ちていてわかりづらくなっているが「歴史の宿 くらみ温泉 創業明治27年 真砂館 まさごかん」とあります。倉真は「くらま」と思っていたが「くらみ」と読む。

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こちらも古い看板。
これをみると「落合荘」が本館で、「翠月」はその別館(新館)というのがわかる。

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倉真温泉は掛川の山あいにあって、のどかな田舎の風景が残る静かな温泉地です。

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なんか私好みの香ばしい建物がみえてきたぞ。

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入口に掲げられていた富士山マークの「料理飲食等消費税 特別徴収義務者証票」のプレート。隣の点検済のシールをみると昭和57年(1982)には営業していたのかなぁ…。

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下に降りていく階段のような小道がついているが危険そうなので大回りして行ってみることに。

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かつての旅館萩の家(掛川・小鷹町遊郭跡)状態で廃墟になっている。

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生湯(うぶゆ)と書いてある。産湯は聞いたことがあるが生湯??

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特集記事 いい湯だな in 掛川 Vol.5 1980年8月号掲載」を読むと、倉真温泉には、落合荘、翠月、真砂館、松永荘、生湯、松葉峡と6軒の旅館があったとあります。場所も一致します。「生湯」は旅館だったのですね。松永荘(まつなが荘)も残っていました。松葉峡も見に行っておけば良かったと今になって後悔。

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横側。内部がむき出しになっています。

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入口近く。

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素敵なたたずまい。

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温泉街風景。なんだろう?

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倉真温泉バス停隣の古民家「こんにゃく亭」。
「築100年を超える古民家「こんにゃく亭」はかつて空き家でしたが地区で譲り受けて整備・再生し、イベント時には名産のこんにゃくを販売したり、休憩所として開放するなど有効に活用しています。」(「季刊誌「むらのおと」 vol.18 2018・夏」報徳・温泉・農業の里 倉真(掛川市)より)

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上記建物の左隣。空き家を再生した活動拠点「こんにゃく亭」。

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帰りは近くの百観音を見て、道の駅掛川、日坂宿(にっさかしゅく)に寄って帰りました。
上記写真は日坂宿の旅籠屋「川坂屋」の夕陽に浮き出るという松竹梅の透し彫り(二階欄間)。

July 30, 2018

西成徜徉記(66)

我が愛する大正期の私小説作家・葛西善蔵は西成も歩いていた。
大正8年3月、葛西善蔵は友人松本恭三のいる尾道を訪れる途中大阪に立ち寄った。大阪の住吉に住んでいる友人で同人雑誌『奇蹟』にも名を連ねた鈴木氏亨のもとを訪ねた。鈴木氏亨は葛西を大阪見物に連れて行こうとしたが一文無しで電車賃もなかったため、自宅から天下茶屋までは十五六丁もありかなり遠いことはわかっていたが、葛西に「そう遠くないんだから!」と偽って、住吉から天下茶屋まで歩いて行ったという。畑の中の野道をぽつぽつ歩きながら、あまりにも天下茶屋が遠いんで、そのうちに葛西も「随分遠いな!」と愚痴り出した。鈴木は天下茶屋の友人にお金を借り、天下茶屋からは電車に乗って、葛西を天王寺の新世界へ案内した。新世界の噴泉浴場に入ったり通天閣の展望台に登ったりした葛西はその都度「ホウ大阪!ホウ、大阪!」と感嘆の声をあげたという。(葛西善蔵全集 別巻 月報 「葛西善蔵の大阪見物」 鈴木氏亨 津軽書房 1975年)

天下茶屋界隈で畑の中の野道というのは今では考えられないけど、大正8年で100年前ですからね、周りは一面畑か田んぼで住宅もまばらだったのでしょう。

引き続き聖天下を歩きます。

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天下茶屋の聖天さんの前に残る古い住宅。
右側の玄関がいい感じ。裏に回ると集合住宅だったようにみえます。

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北天下茶屋駅近くの聖天下で私の好きなゆるやかに曲がる細い路地がでてきた。

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右側が精宏荘。手前のはめ殺し窓が好き。左側の住宅の入口もいいですね。

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精宏荘の扉は斜めに取り付けられている。

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ダイヤの戸袋5連発。

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青が鮮やかなお家。左隣りにめし屋の建物があります。

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マンション清月(みどり)、マンション清雅(オレンジ)、メゾンフォレ(青)と3色の鮮やかな日除けが目立つマンション通り。

西成徜徉記(65)

来月8月12日~15日、釜ヶ崎三角公園で第47回釜ヶ崎夏祭りが開催されます。
8月13日(月)には我が母校・寝屋川高校の大先輩にあたる中川五郎が出演している。
中川五郎といえば「主婦のブルース」ですなぁー。あれはいつだったか釜ケ崎の三角公園で見た佐渡山豊のコンサートに感動してしまったことがあった。佐渡山豊も中川五郎もバリバリ活動していて元気そうですね。

今回は聖天下を歩きます。
阪堺線松田町駅を少し南下したところからスタートします。

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ツカサ・工作所。ここには鉄道の信号機や初代新幹線先頭車両の先端部分や駅の時計やらが置いてあってつい足が止まってしまう。どうもご主人が鉄道マニアとのこと。「ちゅうい」の上の電車の絵が阪急電車に見える(>ω<)。

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線路沿いを北天下茶屋駅の方に向って歩きます。
純喫茶「コーヒー ルンバ」は営業中。
北天下茶屋駅周辺はそんなに変わっているような感じはなかった。
しかし、一年前に訪れた時と較べると食料品店の「すなお屋」が消えていたり、スナックの並びが消滅して更地になっていたり、「まるよし」のアーチも取り外されていたりと、古いものはクリアランスされていく運命にあるとはいえ街の移り変わりが早いことに驚く。

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一聖荘。玄関は少し窪んだ所についていて両側の壁がゆるやかな曲面を描いている。
二階の窓の上の一聖荘の文字が渋く、右から左に書かれていることが古さを物語っている。

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橙色の少し大きめのタイルに玄関扉も軽くアーチを描いているのが素敵。

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長い間空き家のようです。黄色のテープが貼られブルーシートが敷かれているのを見ると解体が近いのかも・・・。

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大和マンションのタイル。
ここは玄関の踏み込みだけでなく二階への階段の手すり横にもタイルが使われている

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塀にレンガが使われているお宅。
逆光でうまく撮れず。写真に関してはど素人なのでこんなものです(常におまかせモードでシャッターを押すだけ)。

July 26, 2018

西成徜徉記(64)

夏真っ盛り。高校野球の北大阪大会。我が母校で好投手・藤原涼太投手を擁する寝屋川高校は4回戦を突破し健闘していたものの、準々決勝で履正社に負けた。残念。今年の夏も海は無理そうなのでプールだけでも行こう。

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大東住宅。柱の色合いがいい感じ。

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福荘。クリーム色が目に鮮やか。

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入口に覗くタイルも素敵。

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錦荘の入口。
上町台地の崖下で近くにあった近江荘園、松和荘別館の跡はまだ更地のままだった。

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住宅街の中とは思えない光景。三体地蔵尊。

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同じ建物を横から見る。

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波切不動明王。
天下茶屋東を超えて聖天下に入ったようです。
続きはまた。。。

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