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December 11, 2017

愛が全て

先週12月4日(月)、松山千春コンサート・ツアー2017「愛が全て」(大阪国際会議場グランキューブ大阪 メインホール)に行ってきた。

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千春のコンサートは久し振り。
お互い歳を取ったよなぁー。
私は52歳で千春は12月16日に62歳になる。

昨年デビュー40周年(1977年デビュー)を迎えた。
千春がコンサートの中でこう語っていた。「デビュー時、ファンは15歳くらいの女の子が中心で、キャーキャー言われるのはフォーク歌手としてどうかというのがあった。その時の15歳の女の子が40年たって今のお客さんに(笑)」。確かに観客席を見ると私と同世代か、少し上で年齢層はかなり高め。私がファンになったのは15歳の中学3年の時、千春が出演するオールナイトニッポン火曜一部(1980年4月 - 1981年3月)を聞き始め頃だ。あれから37年か。年とるわけだヽ(;´ω`)ノ

今年は10月18日に通算39枚目のオリジナルアルバム『愛が全て』を発表。
楽曲に関しては、「愛が全て」「きらめき」「Happy Birthday to You」「ときめき」「愛 恋」…と千春らしい名曲揃いで色褪せた感じは少しもない(ちょっと昭和歌謡ちっくな感じもするが…)。

コンサート会場は満席。
私の席は2階席の一番後ろから二列目。
1部は懐かしの曲は中心で、2部は新しいアルバムからの曲が歌われる。アンコールでは足を怪我して引きずっていたこともあっていつものピョンピョン飛び跳ねる動きがなくて寂しかったがいつも通り盛り上がりました。

問題は、声の調子。年をとったからか、持ち味だった高音部分が昔のような伸びや張りがなくなってしまって詰まったような感じになっていたり、声もふらつくというか不安定で、事前にわかっていた事とはいえ聞いていてハラハラするし辛くなってくる。「千春、もうそんなに頑張らなくていいよ。」って声をかけたくなるが、本人としては老いさらばえて声が出なくなり見に来るお客さんがたとえ一人になったとしても、ギター一本でポロンと鳴らして声を出した瞬間に、これが人の心の魂を揺さぶる自分の最高の歌なんだと思えたら本望なのであろうと・・・。そんな千春なんだけどもファンとしては全てを受け入れていてこれからも応援し続けるし、コンサートにもまた行くんだろうな。

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セットリスト

1部
時のいたずら
おいで僕のそばに
銀の雨
季節の中で

物語

2部
ときめき
愛 恋
初雪
愛が全て
旅立ち
淡い雪

アンコール
SHINING-シャイニング
長い夜
愛は…
夢の中
雑沓
大空と大地の中で

アンコール
ひとりじめ

December 06, 2017

完勝 関学vs立命館

12月3日(日)、WESTERN JAPAN BOWL(全日本大学選手権・西日本代表校決定戦)の観戦に万博記念競技場に行ってきました。
関西学院大学ファイターズ 対 立命館大学パンサーズの再戦です。

大阪モノレール「公園東口」に11時15分に到着。試合開始2時間前の12時開場と思っていたら12時半だった。早く着きすぎた(>_<)。行列に並びながら永井荷風の文庫本で時間を潰す。天候は快晴。前回の寒さに懲りて今日は思いっきり厚着をしていったらポカポカの日差しに暑いぐらい。しかし絶好の観戦日和\(^o^)/。

いよいよ開場。
公認マスコット「ソララン」がお出迎え。

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試合開始前。
「Fight On Kwansei」を歌った後、雄叫びをあげるファイターズの選手達。
ガンバレー\(^^)/。

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試合は、関学が 34-3 で攻守に立命を圧倒し勝利。
甲子園ボウルへの出場権を得ました。

二週間前の試合の圧倒され振りに今回も立命には勝てる気が全くしていなかったのが予想外の完勝。試合はやって見ないとわからないもの。

関学は試合開始わずか4プレーでタッチダウンをあげ先制したのが大きかった。7-21 で敗れた11月19日の立命戦は、立命の前のめりの変則的な守備にオフェンスが翻弄され攻撃が崩れた。関学は前回のオフェスンの課題を潰して試合に臨んだはず。この日は立命ディフェンスの動きにアジャストでき、関学オフェンスライン陣は見違える働きでRB陣、QBの走路をこじ開けた。具体的に前回とどうかわったのか素人目にはよくわからないが、ちょっとした微妙なラインの動きを調整していて、OLとRB・QB・ブロッカーとの徹底した打ち合わせと練習があって、本番の試合ではRBとOLの阿吽の呼吸でプレーが出るのであろう。この日はRB#28高松が負傷欠場したこともあり、メインで出場したRB#34山口祐が大活躍の走りを見せた。前回ことごとく止められていたのが、この日は空いている防御の穴を見つけて走りまくった。これもオフェンスラインの頑張りがあればこそ出来ること(2TEでのTE#91對馬とTE#93三木のブロッキングも素晴らしかった)。

下の写真は、1Q、関学2回目の攻撃シリーズ、自陣28ヤードでQB#18西野からRB#34山口祐へボールを渡すところ。RB#34山口祐は相手ゴール前8ヤードまで一気に64ヤードを駆け上がって、そのあとの自らのTDランにつなげる。QB#18西野は落着いていた。この日のために準備した多彩なプレーコールが光る。前に関学OBの小野さんも言っていたが、RB#34山口祐はお金が取れる芸術的な走りを見せる。

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チアー、応援団、吹奏楽揃い踏み。
前回の大人しいお通夜のようだった観客席が嘘のように盛り上がる。
関学が先制した時、涙が出そうになった(>_<)。

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試合後の鳥内秀晃監督の談「選手、コーチが自分の予想を超える取り組みをしてくれた。ディフェンスに関しては前の立命大戦でもある程度やれていたのでやってくれると思った。」
関学の毎度のゴロキックは、立命のリターンを恐れているからで、相手にいい攻撃ポジションを与えてもディフェンスには相当自信があったんでしょう。

昨年からプロ野球のクライマックスシリーズのような制度が導入されたため、関西学生リーグ2位校の関学が甲子園ボウル西日本代表になるというおかしなことになってしまった。「リーグ優勝の意味がなくなるのでは」とか様々な異論の声が上がっている。結局、大舞台慣れしていなくて極度に緊張していたQB西野の緊張を解き大舞台に慣れさせるため、鳥内監督は、1戦目の展開を見て途中からこの試合を捨てゲームにしてでも、QB西野を1試合目・2試合目と出し続けた、とも思えてくる。このシステムは来年までにして、元に戻すよう再考を願いたい。

関立戦観客数は、2016年(1回目 12,000人、2回目 観衆:7,000人)、2017年(1回目 8,500人、2回目 8,000人)、と年々減っている。関立戦を2回やって収益を増やそうという協会の考えもわからなくはないが、この万博記念競技場での1回の開催で2万4000人程の観衆を集めた(1987年・1988年の関京戦)あの頃のアメフト人気を取り戻す努力をして欲しいものである。

November 27, 2017

神に忘れられた町

体調はいい状態とは言えない。
副作用がひどくなってきたこともあって、週一の抗癌剤治療は先週はお休みさせてもらった。肺炎気味ですしね。治療を無理して続けて、体力が落ちて免疫力まで低下してしまったら元も子もないので…。

先月行ったお店から。
「たかばしラーメン 枚方店」。京都「第一旭」の系列のお店。
枚方の風俗ビル「ジャンボ枚方」から道路を挟んで反対側にある。

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「たかばしラーメン」(税抜き650円)を注文。
前回来た際もやしが入っていることに違和感があり、おいしさを感じなかったので、今回は、もやし抜きネギ多め、スープの味濃いめ、麺の固さは普通で注文。醤油の濃さも自分好みになり、麺の固さもちょうどよく理想のラーメンに近づいた。

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で、先週は「宮っ子ラーメン 阪急十三店」に行ってきました。
阪急十三駅東口を出てすぐです。
店の外観の写真撮るの忘れた(T_T)。
「宮っ子ラーメン」(税込み6200円)を注文。
スープは豚骨醤油ですが、あまり醤油感を感じなかった。
それよりも塩っ辛いというかしょっぱい感じがしてもうひとつでした。
あとは「本家 第一旭 たかばし本店」と「神戸ラーメン第一旭 神戸本店」に行ってみたい。

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帰り道梅田の本屋に寄ったら12月号の『東京人』の特集は「永井荷風 愛すべき散歩者」ではありませんか。即買いました。
永井荷風が1917(大正六)年に日記『断腸亭日乗』を書き始めてから今年は100年にあたる。市川市文学ミュージアムで「永井荷風展―荷風の見つめた女性たち―」を開催しているのか。見に行きたいなぁ。

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本屋を出た後は梅田界隈をぶらぶら。
曽根崎2丁目の廃墟ビルがどうなっているのか見に行ってみることに。
場所としては、お初天神通りの東側で梅田OSホテルの裏あたり。

曽根崎公西会市場は健在。
かつてはこの奥(東側)で今は更地の曽根崎市場(曽根崎公設市場)と繋がっていたのですかね。

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問題の場所に行って見ると、むき出しなっていた廃墟ビルは見当たらない。
一見工事をしているように見えるので再開発は進んでいるようです。
6年前の2011年5月に訪れた際に撮った写真と比較しながら歩いて見ました。

曽根崎公西会市場南側の2本の通りは西側部分半分だけ残っている。
「笠ちゃん」「安芸」「セキ」「すなっく岳」が並んでいた路地はなくなっていた。

まずは北側の路地から。「山守屋」「K' bar」「喜司寿し」などの看板が見え、飲食店と風俗店が混在したちょっと廃れた感じのした通りは、立ち退きで風俗店が消え、おしゃれな飲食店の並ぶ石畳の小奇麗な路地に大変身している。入口には「お初天神裏参道」とあった。2015年にオープンしたそうな。あまりの変身振りにびっくり。小奇麗な処を写真におさめる趣味はないので割愛。下の写真はお初天神裏参道の一番奥、6年前の面影が残っているところ。「パブ・スコルピオン」、「キッチンふじた」。

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もう一本南側の路地に入る。
「知留久 曽根崎本店」。
1946年の創業からずっとこの場所で営業されている老舗の串かつ専門店です。
隣のお店「さんふらわぁ」は・・・!?。

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なんか殺伐としている。
白いフェンス、落書き。工事中のビルも白いシートに覆われている。
「寿し恵」。
解体された廃墟ビルの跡地にはK'sスクエアといビルが建設中(2018年3月竣工予定)。

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反対側から。
「七つ家」。

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袋小路になった裏側の細い路地に回ってみる。
ここには「樽長」「駒芳」「BAR ハイボール」の看板があったが・・・、見当たらない。
猫の足跡がみえるのは「BAR猫助」です。

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おおー、「BAR ハイボール」健在でした。
「曾根崎デッドエンドストリート(どんつき通り)」は生きていた。

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曾根崎コア再開発は何なんだったでしょうね。この界隈のお店は、地上げよる土地・建物の転売と立ち退き要求にさらされ、どんどんと店を閉めていった。象徴とも言える廃墟ビルは長らく建設途中で放置され、曽根崎2丁目の再開発はいっこうに進んでいないようにみえた。再開発の波に晒され「神に忘れられた町」「神が忘れた土地」と呼ばれたこの街もこれからどんどん変わっていくのであろう。

November 21, 2017

完敗 関学vs立命館

19日(日)は関西学生アメリカンフットボールリーグ最終節最終日の関西学院大学ファイターズ 対 立命館大学パンサーズの試合を見に万博記念競技場に行ってきました。

試合開始13時(11時30分開門)のところを11時前には万博記念競技場に到着。
早くも熱心なファンが行列を作っていました。
天候:晴れ時々曇り、観衆:8,500人
しかしこの日はスタンドに冷たい風が強く吹きつけとにかく寒い。極寒の中手袋を持ってこなかったので手は冷たくなり痺れてくるし胸まで苦しくなってくる。試合の方も最初から劣勢で関学側応援席も盛り上がることなく暗く冷え込んだまま。途中帰ろうかとも思いましたが何とか最後まで耐えました(帰り道門真で温泉に入り冷えた体を温めました)。

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いつものように50ヤード附近前よりの席を確保。
メインスタンド立命館側のお客さんも今年はたくさん入っている。

結果は、7-21で関学の完敗。
いいところを一つも出す間もなく試合が終ってしまった感じ。
立命館の最初のシリーズ3プレーでTDを許したのが痛かった。
関学は、DL(ディフェンスライン)はそこそこ頑張っていたものの、OL(オフェンスライン)が負けていた。ゴール前1ヤードが取れない、それにOLが崩れて立命館のデフェンスがつっこみ関学のパスプロテクションが全く持たないな。立命館は守備陣の7人(9人の時も)がディフェンスライン附近に前のめりに並んで、真ん中で手をついてセットしているDLが1人だけ(または2人)という特殊な守備隊形で関学オフェンスにプレッシャーをかけ続けた。

鳥内秀晃監督の試合後の談。
「(QB#18西野(3年生)について)肩が強いし、調子も良かったのでスタメンで使ったが、初めてのビッグゲームでパニックになっていた。思うようにプレーできていなかった。」「西野は相手のパスラッシュが思ったよりも速かったので対応できていなかった。」
QB#18西野はまだ3年生でこの秋にエースになったばかり。西野は試合前「とにかく縮こまらず」と言ってはいたが、関立戦という初めての大舞台でやはり緊張していたのかなぁー。それに対して2年からエースQBとして出場し経験豊富な立命館の西山はさすがに落着いていた。西野よりロングドライブをみせたQB#10光藤の方が冷静だったようにみえる。光藤であれば相手からプレッシャーを受けてもロールアウトするとかで巧みにかわして落着いて投げるか走るか対処していたのではと・・・。

この試合のMVPは、DL#52寺岡かな。
K/P#4泉山のパント(試合開始時のキックオフは除く)が思いのほか良かったのが光明。

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上記はQB#10光藤からRB#6渡邊大へのハンドオフ。
渡邊大(2年生)は私が4回生の時(1989年)のRB3人組(三木、築坂、渡辺肇)の一人として活躍した同期のRB#12渡辺肇の息子とのこと。同じ2年生の埜下大雅も当時QBで活躍した埜下雅基の息子。今や私の同期の2世が活躍する時代になったのですね。

これで終わった訳ではなく来週の名古屋大との試合に勝てば西日本代表決定戦で立命館と再戦するチャンスがある。あと2週間選手・コーチ陣共死に物狂いで頑張って欲しい。

November 17, 2017

東京八景

所用で東京に一泊。
時間もあったのでちょっと思い出の地をブラブラしてきました。

(1) 上野

稲荷町駅近く松ヶ谷にある広大寺に宇野浩二墓参。
帰り道いつものように下谷神社の横を通過して細い路地に入ると怪しげな「サウナ大番」が見えてくる。ここを通過する時、男二人連れが前から歩いてきた。その道では結構有名な場所らしい。後ろにみえる「桂」「千太郎」「まさる」といった店舗は何でしょうね。。。

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(2) 中野

東京勤務時代(1993-2000)、新高円寺近くにあった社宅に短期間住んでいた関係で中野の方にもぶらぶら歩いていくことがあった。その時必ず通ったのが中野マルイの裏の一画(中野3-35)。マルイの大きなビルから隠れるようにひっそりとある四角い飲食店街の区画。マルイ裏手の路地に桃園稲荷や桃園会館、古い小料理屋や飲み屋の建物があって、花街ではないが雰囲気のある空間を作り出していた。今回久し振りに訪れてみるとレンガ坂が綺麗になり、おしゃれな飲食店が増えた気がする。その中に古い小料理屋「都」の建物が残っていた。

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(3) 三光町

夜の新宿散策。
新宿ゴールデン街と新宿ニューアート。
歌舞伎町にあった「新宿TSミュージック」は跡形もなくなっていた。

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花園五番街。
最近は外国人観光客もたくさんこの場所を訪れるようで、私と同じようにひやかしで歩いている人が多い。

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(4) 歌舞伎町

歌舞伎町風林会館前の細い入口を入るとそこはさながらリトル九龍城。かつての青線「歌舞伎小路」。細い路地はゆっくりと右にカーブし、やがて「あずま通り」側の「思い出の抜け道 新宿センター街 since1951」の黄色いゲートが架かる入口に行き当たる。路地の中には別の細い路地もあり狭いエリアに飲食店がひしめき合う。飲み屋のバラックからは赤い灯が漏れていて妖艶な雰囲気を醸し出している。

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あの頃、退社後は丸ノ内線を社宅のある新高円寺まで行けば良かったのを、すぐに帰宅する気になれず新宿三丁目で降りて歌舞伎町、百人町、新大久保界隈を彷徨せずにはいられなかった。

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(5) 新宿二丁目

新千鳥街

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新千鳥街から仲通りを超えて東側の一画。

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(6) 新宿旭町

かつてのドヤ街・旭町。現在は「新宿4丁目ビジネス・旅館街」の看板が見える。
この通りの左側には手前から新宿ビジネスホテル、ビジネス旅館新宿荘、ビジネスホテルさがみ、旅館やまと…と続く。東京時代から大阪に戻ってきてからと7年ぐらいにかけてアルコール依存症に苦しめられ、字を書く時に手が震えて書けなかったり、店でお金の受け渡しが手が震えて出来なかったり、夜寝るときに寝汗がひどかったりと色んな症状が出てきて人間廃業状態だった時、この旭町のホテルに何度か泊まってみじめな思いをした記憶が残る。

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(7) 芝大門

都営浅草線の大門駅で降り、芝大神宮正面右手の道に入って御成門の会社に向うのが通勤ルートでした。その界隈は芝神明の花柳界。当時('90年代)から比較すると花街の雰囲気は薄れたような気がするが、今も古い建物は残っている。

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(8) 雑色

会社の独身寮があったのが京急雑色駅から歩いて数分のところ。駅が高架化された以外駅前商店街の様子は変わっていなかった。雑色商店街アーケード中程にあるディープな行き止まりの路地。居酒屋「みよちゃん」「おとなの駄菓子屋」「YAKITON BAR BUBU」。

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他にも高円寺、新宿区百人町、新大久保、浜松町周辺を歩いて昔良く利用した店を確認しては懐かしむ旅でした(^_^;)

November 10, 2017

湯の峰温泉泉・熊野本宮

紀伊田辺駅を出たバスは熊野古道中辺路・近露王子を経て約1時間50分で湯の峰温泉に到着。
バス停のすぐ目の前が本日宿泊の旅館あづまやです。

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日本最古の湯・湯の峰温泉。
その中でもあづまやは湯の峰温泉屈指の老舗旅館です。
風情あふれる温泉宿のたたずまい。
黒板の看板には「鉄道省御指定湯峰旅館あづまや」とあります。

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湯の峰温泉泉、川湯温泉、渡瀬温泉の3つの温泉地をあわせて熊野温泉郷と呼ばれている。
ひなびた風情が漂う温泉街の中心。
正面が湯の峰温泉公衆浴場と湯の峰温泉売店・食堂で左手が東光寺。

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東光寺に隣接する湯の胸茶屋。
湯筒で茹でるための生たまごを売っています。
「薬師の餅」を購入。

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湯の谷川と温泉街。

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硫黄の匂いと湯煙が立ちこめる湯筒。

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源泉の湯筒では卵やサツマイモなど茹でることができます。

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「小栗判官湯冶場つぼ湯」が見えてきました。
外から丸見えですね。
あの開いているところは本来は閉まっているのかな。

左手は「民宿あたらしや」。

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湯の谷川の川原に建つ茅葺の屋根の湯小屋。
「つぼ湯」。
世界遺産に登録された湯です。

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この前の台風21号の影響により「つぼ湯」は使用中止中。
ちょっと中を覗かしていただきました。
天然岩をくりぬいた小さな浴槽。
最大で2・3人しか入れない広さのため、つぼ湯への入浴は30分毎の順番制。

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熊野古道赤木越え登り口。
「民宿あたらしや」の上手。

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旅館あづまやの大浴場入口と売店。

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内湯の槙風呂。
硫黄の匂いと木の温もりがうれしい。

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源泉100%のさまし湯。
さまし湯と言ってもちょうどいい熱さです。

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湯気を味わう蒸し風呂。
中に入ると湯気がもうもうと立ち込めている。
他にも露天風呂や家族風呂などの浴場がありました。

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旅館の中は人気を感じないぐらい静か。
前日の殺気立った賑やかさやのホテルバイキングとは一転うって変わりって落着いた夕食。
美熊野牛の温泉しゃぶしゃぶが美味しかった。
温泉湯で炊いたご飯、温泉粥、温泉湯豆腐など温泉料理が珍しい。

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翌日は、熊野本宮大社へ。
湯の峰温泉から熊野本宮大社まではバスで10分ちょっとと近い。
深山幽谷の地にたたずむ熊野本宮大社。
熊野三山の中心で、全ての熊野古道は熊野本宮へ通じている。

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黒い八咫烏(やたがらす)をイメージした八咫ポスト。

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大斎原(おゆのはら)。
熊野本宮大社の旧社地。
熊野本宮大社がもともとあった場所です。
日本一の高さの大鳥居(高さ33.9m、横42m)。

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明光バスの「快速 熊野古道号」で紀伊田辺駅まで戻り、特急くろしお22号(オーシャンアロー車両)で大阪に帰ります。

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もうちょっと温泉に入っていたかった。
次は年末に旅行予定。

南紀白浜温泉

今年は6月・7月・8月と3ヶ月続けて入院したりしていたのが、嬉しいことにがんは現状維持で治まっていて、当面入院する心配がなくなったので、久し振りに温泉旅行に行ってきました。

電車とバスの旅。
新大阪駅、特急くろしお3号出発train

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11時28分、予定通り白浜駅到着。
パンダのまち白浜だけあって早速パンダが迎えてくれますhappy01

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昼食をとろうにも白浜駅前の寂れっぷりがあまりにもひどいので、バスでとれとれ市場に移動。「とれとれ横丁」で海鮮どんぶりを美味しくいただきましたfish

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名勝三段壁の絶景wave
「恋人の聖地」であり“自殺の名所”でもあるとは・・・。

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三段壁洞窟も見学。入場料高い、ぼったくりではないかsign02
写真は、潮吹き岩。

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三段壁洞窟の売店で売られていたレトロ絵葉書。
湯崎温泉は、中世から「牟婁のいでゆ」として知られ日本で最も古く発見された温泉の一つspa

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本日の宿泊は古賀浦の「白浜古賀の井リゾート&スパ」hotel
賑やかそうな白良浜や湯崎の宿にも惹かれたが、今回は治療目的で来ているので・・・。
ホテルは水面に浮かんでいるような露天風呂が良かったし、夕食・朝食のバイキングが食べきれないくらい品数が豊富で大満足でしたdelicious

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部屋のバルコニーからのオーシャンビュー。
左端に見えるオレンジの屋根の豪華な建物はホテル川久。

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イルミネーションが楽しめるということで夕食後庭園に出てみました。
ライトアップされたホテル。

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ホテル庭園のプライベートイルミネーション。

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和歌山県下最大級の30万球の電球を使っているflair

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翌日2日目は、ホテルでゆっくりしてから出発、JRで田辺に移動。
JR紀伊田辺駅周辺の鬪鶏神社や壮絶な路地飲食街の味光路をしばし散策。
写真は弁慶誕生之地の碑のある大福院。

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龍神バス(路線バス)で湯の峰温泉泉に向かいますbus

October 23, 2017

浪花町・豊崎本庄

折角ここまで来たので、隣町の浪花町や本庄の方も歩いてみます。

まずは北区側の浪花町から。
JR天満駅近く。
「CAFE&BAR ナナイロポンテ」「スナック京」「串寅」「若つき」と並ぶ。
「CAFE&BAR ナナイロポンテ」は、アジアンエスニック料理の店。
同じビルに「炭焼呑処うまとら」というお店もある。

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見上げると「クラブ温泉」の看板。
昔ながらの銭湯。大阪一天井が高く、2階にあるサウナ室(無料)には浴場に設置された高い螺旋階段を登っていくしかない(笑)。

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路地裏の雰囲気のある所にでてきた。
住宅街の中の路地奥にひっそりと佇む自家焙煎の珈琲店「喫茶 路地」。
古民家風のたたずまいなのは、大正時代生まれの長屋にコツコツと手をくわえてリノベーションしているからのようです。

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エジプト料理と世界のビールが楽しめるお店「Cafe & Bat dimashq(ディマシュク)」。
こちらのお店も、築70年の古民家を改装して作られたとのこと。

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浪花町とは通りを挟んで反対の浮田。
「ココペリ展 in 大阪」(10月16日(月)~22日(日))を開催している「ギャラリー おがわ」。
酒蔵を改装して作られたギャラリー。
うだつのフォルムが凄くいい。
奥に見えるのが人気の鉄板焼き「コアラ食堂」。
このあたりは町家や長屋を改装(リノベーション)した雰囲気のあるお店が多い。

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古い家屋の並ぶノスタルジックな浪花町の路地に迷い込んだようだ。
「洗張ゆのし 尾張屋」。看板の文字といい、外観といい素敵(*^ω^*)/

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天神橋6丁目の交差点を北側に渡り、大淀区側の浪花町を目指します。

色々ググっていたら、以下のような記事を見つけて確認したかったからです。

「北大阪天六交差点西北側にある活動常設館千代田館裏の俗に朝鮮人町と呼ばれている私娼窟があった。(中略)昭和六年頃にはバラックも約三十戸百六十五人の朝鮮人が居住するに至った。これ等の殆んど全部は朝鮮料理喫茶店などで曰く「釜山屋」曰く「豊島屋」等の看板を掲げ、十七、八歳の年若い仲居を二、三年の年期で百五十円乃至二百円程度で朝鮮から雇入れ、仲居の数も六十名に達する程の繁盛振りで、表面は飲食店を開業していることになっているが、一歩この町に足を踏み入れると、これが大阪だろうかと疑われるほど煽情的空気を醸成していた。」(『[大阪市]社会部報告 第177号 朝鮮人勞働者の近況』 大阪市社会部労働課 昭和2年-昭和10年)
戦後、映画館千代田館裏の朝鮮人のバラックがあった場所には、天六市場や出物百貨街などが出来るも、今にも崩れそうなバラックが密集したままで、長らく戦後の闇市の雰囲気が残っていた、と聞く。
今、朝鮮人バラック街があった大淀区浪花町を訪れると、マンション・ノルデンタワーとベルコ大阪法宴会館(とその駐車場)で街が見事に消えていて何も残っていなかった。

「生花 花市」。この花屋の東側に天六市場や出物百貨街があった。

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大阪法宴会館裏の細い路地。
手前のお家は「みち庵(松永食堂)」。
「みち庵」は社内研修とか勉強会などで使われているのかな。

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「菓楽苑菊水」と「喫茶ルーチェ」。
菊水さんの「北海道練乳入り 苺どらやき」や「ぶどう大福」は気になりますね。

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本庄東の裏通り。スナック、飲み屋など。
元シュートボクシサー伊賀弘治さんのお店「からびんか」は玉造に移転してしまったのかなぁ!?

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「スナック銀」「正瑞園」「カラオケ酒場花」「スナックマインド」。

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本庄東から豊崎まで移動。
素晴らしい長屋。5軒分ある。

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「業務用食品館 中崎町店」。

古い地図では鷹勢市場。
ここは今でも鷹勢市場と呼ばれているのであろうか。

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鷹勢市場の近く。細い路地の奥に祠が見えている。

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んん、なんだ、これは?
町の中に砂利道が・・・。

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南北に貫く地道の路地の両側に大正時代に建設された長屋が主屋を中心にして並んでいる。豊崎プラザとか豊崎長屋とか呼ばれている場所です。

古い長屋群と町家が残り、大阪の梅田から歩いて少しのところとは思えない風景。

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未舗装の通りに並ぶ長屋と正面に見える松下善ビルのコントラスト。

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大阪市内の戦災を免れた木造住宅は、近年は老朽化による建て替えやマンションの開発によって、急速にその姿を消しつつある一方で、リノベーションによる長屋の保全・再生・活用事例が生まれつつある。この豊崎長屋界隈もちかごろ活気づいてきている。

「登録有形文化財」の銘版が貼られた町家。豊崎長屋主屋(吉田家住宅主屋)。

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今回の街歩きは以上です。住宅街の路地の写真ばかりになってしまった・・・。

古い町並みの残る中崎西、上町台地界隈、西成再訪と歩きたいところがまだまだたくさんあって困ったものです(^_^;)

北区吉山町・菅栄町・池田町

長柄中通界隈をあとにし、都島通の南側、北区吉山町・菅栄町・池田町あたりを歩きます。

「天六飲食店街 レンガ通り」発見。
昭和36年の地図ではこの場所に日本橋梁天六寮の細長い敷地がみえる。
探してみると近くの長柄浜通1丁目に日本橋梁株式会社とその工場があった。

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レンガ通りの中ほどに行列らしき人だかりができている。
行列のできるラーメン屋さん「群青」ですね。

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レンガ通りにはスナック、居酒屋、焼き鳥屋、うどん屋など飲食店が並ぶ。

先ほどの『大阪の婦人保護 第1部 売春の実態』(昭和36年1月 大阪府民生部)の天神橋六丁目附近見取図では、都島通・菅栄町西交差点の南側あたりの北区吉山町、菅栄町、池田町に4軒の売春容疑家屋の印が付けられている。北側の大淀区吉山町同様に南側の北区吉山町側でも青線は昭和の終わりごろまでしぶとく生き残っていたと思われる。

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レンガ通りの東側入口の向い、左から二軒目右隣の空き地のところにナニワミュージックがあった。
2008年10月のナニワミュージック
閉館間際のナニワミュージックにはあまり足が向かなかったなぁー。
出演者も熟女が多くいまいちだったし、座席も相当ガタがきていたし・・・。
熟女の中でも、麗ちなみさんは好きだった(汗)。

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2ちゃんねる『消えた赤線放浪記』というスレッドでは、天六の青線について、レンガ通りの南側辺り、カルダモンというカレー屋さんから東へ少し入ったところの長屋みたいなところ数軒におばさんがいて、1985年くらいまで存続していた、との話が紹介されている。この情報を元に、レンガ通り飲食店街の南側を歩いてみたがどの辺だったのかはわからなかった。昔の地図では天六映劇の南側、スタンド4軒+1軒が並んでいるあたりが怪しそう。

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なかなか渋いお家です。

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古い家屋2軒の並び。

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大阪七墓のひとつ、葭原(よしわら)墓地があった場所に、沖向地蔵尊が残っています。
そばに沖向地蔵尊由来の説明プレートが建っている。

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1Fが酒場で2Fがスナック?。
道路がゆるやかなカーブを描いている。
このスナックの前の自然なカーブを描く古い道は、亀岡街道という旧街道。
電柱も何故か傾いている!?

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「スナック フレーズ」。
右隣が「Sanwa Coffee Works」というお勧めの珈琲店です。

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こういう入口好きです。

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立派な塀瓦を持つお家と路地。

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淀川荘。
見上げるとなかなかの迫力。
路地が狭くてひいて撮れない(涙)。

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天満市場にやってきた。
天井に黄色や赤のビール会社の提灯がいっぱいぶら下がっています??

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近づいて見てみると「ウラテンマチョウチンドオリ」と読める。
裏天満と呼ばれる天満市場の北側が様変わりしていてびっくり?( ̄□ ̄;)
2016年には小さな裏路地にお店が集まる「天満食彩ろぉじ 西の道/東の道」がオープン。今年になってアーケードの頭上に約1000個のちょうちんが並び、夜にはライトアップされる「ちょうちん通り」が完成。新しいグルメな飲食店が続々オープンしている模様。約1000個のちょうちんの中に1個だけ恋愛成就の願いを込めたハートマークのちょうちんが紛れ込んでいて、その「ちょうちんハート」を探す楽しみもある。

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「天満市場」の看板が架かっていて、今も戦後ヤミ市の雰囲気が残る。
NHK連続テレビ小説「ごちそうさん」に登場した「天満天神市場」は、この「天満市場」にそっくりでしたよね。

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東洋ショー劇場だー。
十三ミュージックが2012年に閉館して、その後十三の女の子がちょっとだけ東洋ショーにいたことがあり、その時何回か行ったきり行っていない。
昭和36年の地図では、東洋ショー劇場は、天満東洋映画劇場になっていて、前身は映画館だったようです。東側のローレルハイツ北天満のところには東洋紡績天満工場が建っていた。
少し北にある重正稲荷大明神は入口が塞がっていて入れなかった(>_<)。

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JR天満駅附近は怪しげな中国系の男性向けマッサージ店・エステ店が多いイメージがある。
今はどうなんでしょう?
看板は駅前のこれ一つしか見つけられなかったが、健在のようでした。

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長時間歩いて疲れた(´・ω・`)

一息入れてあと少し歩こう!!

大淀区吉山町・長柄中通 -その2-

引き続き長柄中通一丁目、二丁目、三丁目と歩いて行きます。

手すりの意匠といい雰囲気のあるお家に遭遇。

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「ABEリズムアカデミードラムスクール」というドラムが習える音楽教室のようです。

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商店街の近くにある下町風景です。

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民家が並ぶ細い路地が続きます。

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大村崑さんの「オロナミンC」の看板もあり、一見ラーメン屋さんには見えない昭和レトロな古民家風の外観の「麺と人」。味噌ラーメン専門店のようです。食べログを見ると天一なみのドロドロスープ。ここもチェック、一度入ってみよう。

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天六から北の長柄地区はかつてスラム街であったという。
明治・大正・昭和初期にかけて、大阪の都市化、近代化、工業化の中で長柄には紡績・製紙などの工場が集まり、広大な畑に工場に勤務する行員用の木造住宅(長屋)が次々と建てられ、「細民」と呼ばれた貧民が増えるにつれ、スラム街が広がっていった。

戦後になってようやく細民地区の不良住宅の改良事業が行なわれ、周辺には低賃金労働者や浮浪者を救済するための福祉・更生施設(北市民館など)が作られてきた。現在も豊崎東会館や社会福祉法人みおつくし福祉会大淀寮などが残る。古い町並みが今でも長柄界隈に残るのは空襲による被害が少なかったからで、今でも細い路地に古びた家が残っているが、それでもバブル期にかなりなくなってしまったという。

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住宅街の中の祠。

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細い路地の先の古びた家。

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こっちの路地にも自転車がいっぱい。

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庇の裏のタイルが美しい。

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サインポールがあることから理髪店だったのかも。

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洗濯物が干され生活感溢れる路地。
この辺りは今も昭和の香りが色濃く残る。

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ぽっかりと突然現れた異空間。

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鉄工所の裏あたり。

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瀬戸鉄工所。いか焼器、お好み焼台、たこ焼き台なんかを作っている町工場のようです。

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「スナックきよ」「パパンキッチン(PAPAN Kitchen)」。

「パパンキッチン」は美味しい欧風カレーが食べられるお店です。

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鶯塚。

すぐそばにある『鶯塚の由来』の説明板を読むと、最初の方に、「この鶯塚は今から千二百年ほど昔、長柄長者の美姫が鶯を飼って人間の様に可愛がっていた、ところがこの姫が病の為に死ぬと鶯は深くその死を悲しみ歌を詠み後を追ふ如く死んでしまった。長者たちは、このうるわし話しを後世までも伝えようと鶯を姫と一緒に埋葬して鶯塚と名付けたと言われている。」と書かれていて、その後には、長柄は大化の改新が断行された由緒の地で・・・云々と謂れが続くが割愛。

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細い路地の中にかなり古い長屋風木造民家。

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歩いていてびっくりしたのは関西大学天六学舎が消えていて、キャンパスの北側を含めた一帯に大きなマンションが複数建っていたことである。
スラム街のイメージは大きく変わった。
見慣れた街並みがどんどん変わっていく。

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