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September 2011

September 14, 2011

荷風先生の京都を歩く-その1-

2日の日台風が近づく中、Yさんとデート。いつもように泉尾商店街から富士新道通りの緑のアーチを覗くと奥が更地になっているのに悲しくなった。9日の日は私の46歳の誕生日を無事迎えることができた。良い年になりますように。

相変わらず土・日の仕事が多い。
そういえば日本文芸社の「荷風!」が休刊になって以来荷風先生にもあっていない気がする。没後50年の時は関連書籍をだいぶ読んだけど今はこれといって読みたい本はなし。当たり外れの多い小門勝二の本でもまた探そうかと思っているのだが…。ジュンク堂で新版荷風全集の「夜の女界」が入っている巻を見るたびに買いたくなってしまう。たぶんそのうち買っていると思う。あっ、そうだと思いついた。荷風ゆかりの地を歩こう。といっても東京と違って関西には限られていますが…。京都があるんです。まずは何の下調べもなしに「断腸亭日乗」をたよりに歩いてみよう。何度か歩いているうちに何かわかってくるかもしれない。ということで京都をぶらぶらしてきました。

荷風は大正11年の秋(9/27~10/4)、市川左団次の一行と共に京都に遊びに行っています。この京都行きは、友人である市川左団次の京都知恩院での野外公演への随行だったようです。

9月28日。朝十時に京都に着す。松莚子(市川左団次)は細君を伴ひ下河原の旅亭松の家に投宿。松葉、鬼太郎、紫紅、清譚の四氏は三條の某亭に投宿す。余と小山内吉井の三人は粟田口の都ホテルに入る。夜松莚子夫婦と市中を散歩す。

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荷風は友人である松莚子こと二代目市川左團次他「七草会」のメンバーである岡鬼太郎・小山内薰・永井荷風・松居松葉・吉井勇らと同じ汽車で入洛。「七草会」というのは左団次の上演台本を討議する集まりだったとか。三条通りを東へずっと歩き緩やかな坂を上ると都ホテルに無事到着しました。蹴上周辺の緑濃き風景はいいですねぇー。都ホテルはウェスティン都ホテル京都と名前を変え無事現存しています。一度泊まってみたい。

9月29日。午後南座にて稽古あり。夕刻より同座にて文芸講演会あり。講師は島華水、渡邊霞亭、小山内薫、松居松葉、其他なり。会散じて後祗園の二軒茶屋中村屋に招がる。

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八坂神社に到着。八坂神社は祇園神社とも呼ばれていました。祗園の二軒茶屋中村屋が登場します。江戸時代、八坂神社の楼門前に東には中村屋、西には藤屋という2軒の茶屋があって「二軒茶屋」と呼ばれており、「中村屋」は豆腐田楽を名物にしていました。東の中村屋のみが残り「中村楼」と名前を変え現在も南楼門前に営業しています。歴史に残る料理茶屋なんで荷風さんも相当おいしい京懐石をいただいたんでしょうなぁー。

9月30日。未明知恩院門前にて野外劇の稽古あり。午後松莚子夫妻と自動車にて大原の古寺三千院寂光寺を訪ふ。沿道の風景絶佳なり。夜京極の明治座を見る。帰途祇園花見小路の津田家に飲む。

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花見小路の津田家探しました。祇園花見小路に昔から由緒あるお茶屋さんの津田楼のことでしょう。祇園近辺の散策が好きな私ですが、いまだに敷居の高いお茶屋遊びは体験したことがないですねぇ。たぶんこの先もないと思われます(涙)。

10月1日。午後知恩院楼門にて野外劇の催あり。劇は松葉子の作信長なり。観客数万人に及び演技は雑沓のため中止の已むなきに至らむとせしが、辛じて定刻に終るを得たり。此夕大谷竹次郎俳優文人一同を祗園の万亭に招ぎ盛宴を張る。

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知恩院の山門前にも寄りました。この三門はいつ見上げてもすごいスケールですね。その時の知恩院山門前の野外劇には10万人の観客が押しかけたという。このへんは川本三郎さんの「荷風と東京」内「左團次との親交」の章にも触れられています。10万人のコンサートといえば1986年 THE ALFEE TOKYO BAY-AREAのコンサートかGLAY EXPO並みの規模ですが、さぞ10万人の人の波を京の街の霞の果てまで見渡したという景観はすごかったんでしょう…。近藤富枝さんの「荷風と左団次―交情蜜のごとし」(河出書房新社)はまだ読んでいません。次までにチェックしておきます。

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その夜は祗園の万亭に招かれています。万を二つに離せば一力になります。花見小路の角に在る建物が、万亭(まんてい、よろずてい)と呼ばれてた一力です。暖簾には万の字が残ってますね。こちらもえらく格式が高いところのようでして我々庶民には縁の遠そうなところなので外からの写真のみで退散です。

10月2日。秋雨霏々。終日ホテルに在り。夜松莚子に招がれて伊勢長に飲み、更に先斗町の某亭に飲む。

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ちょっと足を伸ばし新町通錦小路上るの伊勢長・本店にまわりました。こちらも由緒ある京料理の老舗です。店先の伊勢長の文字が消えかかっているのであやうく通りすぎるところでした。京都の店はどこも「由緒ある」となるので違いますよね。こちらも外から眺めるだけです(笑)

約2時間程歩きまわりあまりにも暑いので今日はここまでです。荷風は同じ年の10月9日から10月17日にかけて再び京都を訪れているので、私もまた10月に行きます。帰りは錦小路通りから寺町通りを歩き、田丸印房寺町店で蔵書印を注文した後、三条に帰って来ました。

September 01, 2011

運河の女

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「全調査京阪神周辺 酒・女・女の店」「全調査東海道 酒・女・女の店」に続いて「東京横浜夜をたのしむ店」(1966年 立川談志 有紀書房)をようやく入手。3部作完結です。長かった・・・感慨ひとしお。横浜関係の本の読み直しであります。常盤とよ子さんのポートレート可愛い(^.^)

「全国女性街ガイド」の横浜・曙町の所で「八木義德の出生作『運河の女』はこのシマをモデルにして書いている。」と紹介されているのがきっかけで八木義德の作品をいつくかを読んだ。「運河の女」「私のソーニャ」「二度目の嘘」…。自分の経験してきたことと重なる部分もあって身につまされることもあった。S子のいた家はどこだったのか。ハマの鳩の街と呼ばれた曙町はどこにあったのか。 東京にいた頃京急沿線に住んでいた私は赤い電車に乗り黄金町・日の出町の京急ガード下へ。高架下スナック街から大岡川沿いの末吉町のたちんぼ地帯を徘徊。最後に行き着くのはいつも曙町三丁目の一番本店(中華料理)だった事を思い出す。

玉の井の街の様子は日比恆明さんの「玉の井 色街の社会と暮らし」に差し込まれている地図等で明らかにされ、鳩の街についても三橋順子さんのブログで現在との位置関係をうかがい知ることができた。曙町のカフェー街は勉強不足でどこがどうだったのかがよくわかっていない。「全国女性街ガイド」によると曙町・中央・寿東部と3つのブロックにわかれていたという。私が推測するのは以下の3つのポイントです。
①横浜橋近くの弥生3丁目から曙町3丁目にまたがる路地。曙町三丁目南交差点近く中華一番本店の裏路地周辺。
②中郵便局から北東、曙町1・2丁目、弥生町1・2丁目一帯
(「消えた横浜娼婦たち」(壇原照和 データハウス 2009年)所収P.75の地図より)。
③伊勢佐木モールと国道16号線の間の通称「親不孝通り」沿いの曙町一帯。

木村さんの「赤線跡を歩く」を読むと戦後に出来たということになるのですが、田中英光の「曙町」を読むと私娼街としては戦前から存在し昭和20年5月29日の空襲で焼け、その戦禍の後曙町は横浜で一番先に復興したことがわかる。その田中英光の「曙町」を読んでいて私は思い出した。一時期通ったある街の女性が、最初は普通にサービスしていたのが通ううちに馴れてきて向こうも図々しくなりくなり、入る値段だけはつり上がってきて何も遊ばせてくれずに(というよりもしなかった)話だけで帰ってくることがあったことを・・・。苦い思い出である。そこは、「運河の女」の主人公が女のもとへ通いつめながらも、女の部屋に入ってしまうと休息の場所だけになってしまうのと同じ心境なんですね。私には「時間」が惜しいのであったという…。「運河の女」は「私のソーニャ」の最後に差し込まれていてちょっと浮いたような感じになっているのですが、もともとは発表が別だった。曙町を舞台にした「私のソーニャ」は永井荷風の「墨東綺譚」に負けない名作である。鶴見から4つ目の桜木町で降りた主人公は一目散に暗い運河の街を目指す。そこは腐敗した泥溝の臭いとあの刺激的な薬液のにおいが入り混じった街。運河(現在は埋め立てられて大通り公園)を渡った向こうには、私娼街の曙町があり、そこは東京の玉の井同様、迷路(ラビリント)のように細い道が入り組んでいる。そこで出会った一人の春婦S子に結婚を申し込み拒絶される。S子が運河の街を去った後、新宿の赤線地帯に迷い込みそこで馴染みとなったN子にも結婚を申し込みまたもや拒絶される。私もこれをやったんですね。とある街の女性に・・・。結婚の申し込みはなんのかんのと理由をつけられ拒絶された。彼女は自分がお金もなにも持っていない事を見抜いていたんだろう思うけど、もしそこで「うん」と受け入れられていたとしたら自分はどうしていたんだろうと身ぶるいするのである。そんなことを思い出しながら淀川をこえ再び十三の街へ。

二日目という新人のマリンちゃん若い!!聞くと23歳とか・・・。私は今月9日の誕生日で46歳になる。ダブルではありませんか。どう見ても親子です。愕然とした、、、、。その彼女が「ストリップがやりたかった。」「踊りをやりたかった。」とのうれしいお言葉。彼女は救世主となりえるだろうか。

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