パンタライ社
もう2月ですね。割と元気にしています。
恋愛はただ性欲の詩的表現を受けたものである。少なくとも詩的表現を受けない性欲は恋愛と呼ぶに値しない。(芥川龍之介)
今はそんな気持ちです。
「散人叢書」第三巻「荷風二人妻奇談」は特に書き留める事もなく読み終え、第四巻「裸体交響曲」を読んでいます。
「パンタライ社の女」が収録されています。
パンタライ社とはなんだったのか・・・
『断腸亭日乗』の大正11年12月31日には、松崎天民が連れていた女が「パンタライ社とかいふ地獄宿の女なりべし」と出てきます。
--「パンタライ社」というのは、ギリシャの哲学者ヘラクレイトスが唱えた「人はふたたび同じ河の流れに立つことはできない」という有名な万物流転説、つまりパンタ・レイ(Panta rhei)の実践者だとのふれ込みで、今日のお座敷全スト、はやりことばでいえばヌード・ダンスの元祖だといわれている。
パンタライ社は、浅草の待合を舞台に、秘密のストリップを観せて特定の客を集めていたのであった。当時はそういうことは珍しかったから、銀座に集る作家たちの間では好個の話題になり、それでは押しかけてみようというわけで、人気の的になっていたのだった。劇評家三宅周太郎氏の往時の懐古談によると、そのダンスはちゃんと整っており、いちおうどこかの舞台に立って修行した女たちであったという。しかもすこぶる美人ぞろいだったからその裸かダンスは空前の人気を呼んだ。
それもそのはずで、浅草の一角に現われた「パンタライ社」は、歌劇女優のデカタン派を会員とし、一時間いくらという料金で愛敬の切り売りをした。会員は客の求めに応じ、客の好みの服装をし、客の希望する楽器を携えてお座敷へはべるのだった。そのうえ、客から声がかかれば同伴外出もした。
当時、「歌劇女優」という言葉は、相当魅力あるものであった。職業的商女を圧倒し去る実力があった。
それがだんだん評判高くなり、あちらこちらに「パンタライ社」の流れをくむ女が現れはじめた。(「荷風二人妻奇談」より)
そんな「パンタライ社」の流れをくむ女の1人が、大竹とみ(お富)で、なぜか小門勝二氏が工藤富子としているのはよくわからない。そして、もう1人河合澄子の名前をあげている。
河合澄子は割と有名な女優さんだったみたいで、本当に彼女が「パンタライ社」に関係していたかどうかというのは今となってはわからないのですが、大正15年8月22日の『断腸亭日乗』を読むと「壽美子ダンス場に出入りする怪し気なる女を多く知れる由」とあって、大竹とみが「おねえさん」と呼んでいることからも、「パンタライ社」のボス的な存在だったのかもしれませんねぇ。大竹とみ、河合澄子は、ともに『断腸亭日乗』の重要な登場人物であります。
歌劇女優がお座敷ストリップに出て人気を博すというのは、現代、AV女優・小向美奈子が大阪東洋ショーのストリップ公演に出演し話題を呼んでいるに似たものを感じるのであります(汗)。
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