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October 24, 2016

四貫島 その一

治療の副作用もほぼなくなったので、久し振りに街を歩きにいこう。
ここのところ10月とは思えない陽気が続いていて天気がいいのも好都合。

『性欲の研究 東京のエロ地理編』(井上章一・三橋 順子[編] 平凡社 2015年3月)を以前読んだ際に、加藤政洋さんと三橋順子さんの対談で加藤さんが「大阪では湾岸の工業地帯そば、(中略)四貫島あたりに大きな私娼窟ができています。」と語られていたのが気になっていた。

今年6月にカストリ出版より復刻された『業態者集團地域二關スル調(昭和8年・昭和9年・昭和13年・昭和14年)』を見ると全国戦前私娼窟リストに大阪の四貫島も記されている。この資料より四貫島に関するところを抜粋する。

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昭和8年10月

千鳥町   此花区四貫島千鳥町(15,38)
宮居町   同 宮居町(17,42)

昭和9年10月

德平町   此花区四貫島(22,78)
千鳥町   此花区四貫島千鳥町(15,35)
宮居町   同 宮居町(17,46)

昭和13年1月

千鳥町   同 此花区四貫島千鳥町(17,51)
德平町   同 德平町(40,150)
宮居町   同 宮居町(14,50)

昭和14年1月

德平町   大阪市此花区四貫島德平町(40,100)
宮居町   同 宮居町(25,55) ※千鳥町との合わせての数字
千鳥町   同 千鳥町

※括弧内の数字は、戸数、業態者数。
 参考に、東京の玉ノ井は、昭和13年1月の数字で戸数476、業態者数954とあるのでやはり規模が違う。
※備考欄に「上記所在地ヲ根據トセルモ常ニ居ヲ轉シ一ケ月以上固定セルモノナシ」とあり。
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これをみて四貫島を探索してみたくなった。
四貫島徳平町1-2丁目は、現在の四貫島1-2丁目、四貫島宮居町と千鳥町は、現在の梅香1-3丁目にあたる。私娼窟の痕跡は当然残っていないだろうし、あった場所もわからないので探すだけ無駄である。四貫島と梅香をあてもなくぶらぶら歩いてみよう!

B1610191

JR環状線西九条から北西方向、阪神なんば線沿いに千鳥橋の駅まで歩く。
途中朝日橋を渡るともう左手が梅香、かつての四貫島村の区域である。
新之介さんのブログ「十三のいま昔を歩こう」に紹介されていた森巣(もりす)橋に到着。
工事のガードマンのおっちゃんがいたので下を覗いてみると工事中でトラックが走っている。かつて正蓮寺川が流れたいたところの地下に阪神高速左岸線が走っていて、川が埋め立てられた地上部は公園になるようです。

B1610192

森巣(もりす)橋のたもとの階段を降りる。
左側の建物が何故か気になるヽ(;´ω`)ノ

B1610193

細いところを見つけると入りたくなる変な習性の私。
細い階段を見つけると降りたくなってしまうが柵がしてあった(;ω;)

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細い路地を見つけるとすぐに吸い込まれるようにして入っていく(^ω^)/

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四貫島森巣橋筋商店街の入口。

B1610196

四貫島商店街本通り。
地元の買い物客で賑わう商店街です。
此花区の四貫島・梅香界隈には、他に四貫島中央通商店街、此花住吉商店会(住吉商店街)、グッディー此花、千鳥橋筋商店街の各商店街があって、他の地域にみられるようにシャッター通り化することはなく概ね賑やかでした。

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阪神なんば線沿いに私好みの路地を発見。

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右側にバラック小屋らしきものが並んでいる。
洗濯物が干されていて生活感あふれる路地です。

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四貫島界隈に紡績工場があったころ、労働下宿なるものが多く存在していた。
労働下宿というのは労働者を宿泊せしめると共に彼等に労働を周旋する宿屋。
工場での仕事が終った荒くれ男たちは女を求めて紅灯の街へ繰り出すこととなる。
そのころ四貫島界隈には曖昧屋(売春宿、私娼窟のこと)が矢鱈とあったという。
(参考:見よ!!このダークサイドを (其一〜其六・其八〜其十) 大阪毎日新聞 1918.1.5-1918.1.21(大正7))

C1610192

工場が出来ると、工場で働く労働者が集まり、次に性を売る女性達も集まり色街が形成される。工場の周りには、大衆食堂や飲み屋、カフェー、活動や芝居の小屋なども次々とできて歓楽街に発展していく。東京の私娼窟・玉の井には、近くに鐘ヶ淵に鐘淵紡績株式会社(カネボウ)の紡績工場があり、大阪の四貫島には東洋紡績株式会社の工場があったのは偶然か。

考えてみると四貫島にあった私娼窟、戦後は赤線または青線に移行しなかったようですが、戦災で全滅して消えてしまったのか、街のクリアランスで消えてしまったのか、どうだったのでしょう・・・。

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四貫島の三角地点にある文徳延命地蔵尊。後ろに大きな木が聳え立つ。

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タイル貼り円柱マニアであるとともに、2階部分の欄干(窓の手すりのことを欄干と呼んでいる)マニアでもある私は、ついつい見とれしまいます(;´Д`)

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おおぉーー、これまた渋い2階の欄干とべんがら色の壁がたまらない\(^^)/

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近づいてみてみると「よしのや旅館」と書いてあった。どうりで、、、納得。

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こういうフォルムも好きだったりする。

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四貫島でもスナックやラウンジなど飲み屋が多く並ぶ通り。

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