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November 2016

November 27, 2016

白幽子寓居跡

この前の将軍塚に続いてまたまた京都の低い山の登山に行ってきました。

週末金曜日の京阪特急は今年最後の紅葉を楽しもうという人で激込み。私は紅葉客の多そうなところや人ごみは避けたいのであえて人の行かないところを選ぶ。

以前読んだ松岡譲の長編『法城を護る人々』に出てくる「白幽子遺跡」をどうしても訪れたかったので、そのついでに瓜生山にも登ることにしました。
伝説の仙人・白幽子に会いにいこう!!

長編『法城を護る人々』では、宮城、春日、高峰の三人が法然院を訪れた後、白河の里を見て歩く。道端に「白幽子遺跡」と彫られた小さい石標を見出し、仙人の旧居というものに惹かれ山道を辿って行く。

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京阪を出町柳で下車。京都市バス3号系統に乗り終点である北白川仕伏町で降りる。仕伏町(しぶせ)から北白川バプテスト教会、日本バプテスト病院を横に見て「北白川史跡と自然の道」に入り登山スタート。京都一周トレイルの各コースには標識も設置されているので安心して歩けます。「熊出没 目撃日 平成28年9月21日 京都府」「熊が出没していますので、ご注意下さい。」の注意書きにびびる( ̄□ ̄;)。

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何これ?きのこ??

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山道を登り続けると大きな岩石が切り立った手前に「白幽子巌居之蹟」と刻まれた石碑が突っ立っている。

今から三百年ばかり前に、臨済宗中興の祖と尊崇される白隠禅師が禅病に苦しんでいる時に、養生の道を尋ねに行ったのが白幽子という仙人。仙人はその頃二百歳超の御歳であったとか。白幽子は白隠の禅病を診て、汝の心を掌の中に納めよと教えた。仙人白幽子を訪ね豁然大悟したいきさつは、白隠禅師の『夜船閑話』にその詳細が記されている。

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白幽子巌居之跡から少し下りたところに白幽子が使ったという井戸の跡がある。

以下、長編『法城を護る人々』では、山道を登ってきた三人は白幽子遺跡への道がわからず、近くで石切の作業をしている石工(この辺からは白河石が出る)に場所を尋ね、すぐそばの藪の中と教えてもらう。

「三人は藪に隠くれた小径に飛び込んだ。
 藪の中には杉の若木に囲まれて、小い泉が湧き出ていた。水面には水馬が一二疋、こゝを世界の中心でもあるかのやうに、白銀の草鞋を穿いて、つういつういと遊んでいた。
 「これが延命長寿の霊泉だぜ。一つ僕達も仙人にあやからうぢやないか。」
 春日は傍の青草の上に伏せられた柄杓で水を掬つた。泉の上を二十歩ばかり登つたところへ、屏風を引き廻らしたやうな岡の断面から、大きな岩石がまるで入道雲のやうに突出していた。その岩石が硯屏になつて下には『白幽子巌居之跡』と刻まれたオベリスク型の石碑が、腰に蔦の若芽を浮彫にして、長い年月の間に擦り切れた女笹と杉蘚とで織られた絨毯を前に突立つていた。」

その延命長寿の霊泉も今は枯葉や土に埋もれてほとんど姿が見えない。
近くに石切場(清沢口石切場)も残っていた。

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えっーー、もう着いた!
瓜生山(うりゅうざん)山頂。
1時間はかかると予想していたのが、下から30分ちょっと。
山頂は301m。ここは北白川城本丸跡、元勝軍地蔵と言われるところで古戦場である。平らな山頂には奥の院と呼ばれる赤いお堂と、その後ろに勝軍地蔵の古墳のような石室が残されている。

途中山歩きの人には誰にも会わず(;ω;)。寂しいーー。

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大山祇(おおやまずみ)神社。
瓜生山山頂から北白川天然ラジウム温泉に抜けて、温泉に入ってから帰るというのにも惹かれたが、今回は同じ道を引き返しました。

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時間が早いので帰りはバスに乗らず、北白川を散策。
出町柳までぶらぶら歩いていくことに。
乗願院の境内。地味なプチ紅葉を一人楽しむ(;´Д`)

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志賀越道を歩いていると北白川天神宮があった。こちらも紅葉が見事。

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北白川天神宮の門前の白川に架かる「萬世橋」。
北白川天神宮の案内板より抜粋。
「白川石と花の里で男は石工でその秀でた技術を神社前の橋に残している。女は白川女として代々受け継ぐ地域へ花を届けている。石工・白川女共に数は激減したが現存している。」

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百万遍交差点近くの田中関田町で気になるモダン建造物を発見!!
上部の丸い文様風の彫刻と右側の煙突のように突き出たもの、一階のタイル貼りやレンガ積み?。二階の窓上部のアーチ飾りを見て、悲しいことに横須賀・皆ケ作のカフェー建築を連想してしまうm(__)m。
正面は「アイワオート」というバイク屋さんで横が「大阪串かつきむら」というお店になっている。京都にありながら大阪の串かつでランチは福井県のソースかつ丼が推しのようです(笑)。

次は鹿ケ谷あたりに行ってみようかかな。

November 22, 2016

第一ラウンド KG勝利!!

11/20、関西学生アメリカンフットボールリーグ最終節、万博記念競技場にやってきました。
万博記念競技場での観戦は久し振りと思ったら、関西学生アメリカンフットボールリーグでは26年振りの開催とのこと。

万博記念競技場で思い出すのは、私がまだ関学の学生だった1987年・1988年の京大戦だ。この二試合が私がアメフトファンになるきっかけになったと言える。

1987年の関京戦は怪物東海を擁する京大が圧倒的な差をつけて勝つのでは予想されていたのが、関学が14-24で京大に肉薄し意地というか執念を見せた。QBは予想に反して野村ではなく溝口が登場し、Iフォーメーションからの攻撃。WR甲木の空中一回転しながらのスーパーキャッチTDや主将・油谷の退場もあった。翌1988年の関京戦。先発QBはまたしても予想に反し溝口ではなく埜下であった。関学は徹底したボールコントロールオフェンス。埜下の豪快なランと4回生になってから出てきたという橋本のランが記憶に残る。関学が17-12で3年振りのリーグ制覇。最終プレーで関学QB溝口がニーダウン。ボールを右手で高く掲げたあとひざまずき涙に咽ぶ。

関西学生アメフトは人気絶頂期で、選手も観客も熱かった。1987年・1988年は超満員の2万4000人の観衆が集まったというから、今日の観衆12,000人は約半分。観客もずいぶんと大人しくなってしまった。

思い起こせば最後に万博記念競技場が使われた26年前の1990年は、関学が立命館に初めて負けた年だった。
その年、関学はラン&シュートを採用。QB大矢はパスはかなり通していたが、RBが高下、加藤ぐらいで駒不足の感があった。エースQBの東村が怪我をしたことと、前年1年生ながら大活躍したK中筋が試合の最後にこれで試合を決めるというFGを何度か外したこともあってリーグ6位に落ち込んだ。

・・・と色んなこと思い起こしながら試合開始を待ちます。

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試合開始の2時間前には競技場に着いたが、50ヤード附近の席は塞がっていたので35ヤード附近の席にしました。
第一試合、関西大学vs京都大学の後半から観戦。
関大のQB#16入佐一輝(2年)が素晴らしいプレーを連発。関大のQBは岡口と大内しか見てこなかったが、こんないいQBがいたとは。182cmと長身のようですし来年の活躍が期待される。

関西学院大学ファイターズvs立命館大学パンサーズ。
いよいよ試合開始。
ハドルで「Fight On, Kwansei」を歌う。

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QB#6伊豆はパス、自らのランとも好調。
パントは3回中2回がミスキックでいただけませんでした。
パントは専門のK/P#1西岡に任せた方がよさそう。

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関学は最初の攻撃シリーズでQB#6伊豆からWR#85松井理のパスが決まり先制。その後も第2Qに追加点を加え有利に試合を運びます。
圧巻は第3QにRB#33野々垣からWR#24池永へのリバースプレーで、止めようと上がってきた立命館DB#42荒尾にQB#6伊豆が捨て身のブロックを打って池永のタッチダウンランにつなげた場面。
守備は立命のスーパーランナー西村をよく止めていました。

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今秋のファイターズはシーズン序盤は怪我人が多くて、怪我人が復帰する前にまた違うメンバーが怪我をしたりで、なかなかチームのデプスが構築できず、攻守蹴とも噛み合わないすっきりしない試合運びが続いていたが、第5戦の関西大学戦からようやく調子が上向いてきて、この立命館大戦もチームの調子が上がってきているイメージを持続している感じ。
あと2週間、チームのピークをうまく持っていくよう調整・準備して欲しい。

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22-6で関学大勝利、2年ぶり55回目の関西リーグ制覇です。

昨年あれだけ悔しい思いをしたのを少し晴らすことができた。
しかし立命館との闘いはこれで終わりではなく、第2ラウンドが待っている。
QB#6伊豆の力強い言葉。「昨年の悔しさは次勝たなければ晴らせない。」

今年からリーグ戦の1・2位が西日本代表校決定戦に出場できるように仕組みが変更され、12月4日の再戦が確実視されている影響もあってか、勝負にとことんまで拘るという意気込みがいつもと違うように感じられ、今日は全体的にものたりない試合でした。関西学生アメリカンフットボール連盟理事の伊角さんによると、連盟内での監督懇談会で現場の監督から複数校が西日本代表校決定戦に出ることができないのか、という意見が出たそうです。なんとか昨年までの方式に戻して欲しいと願っているのですが・・・。

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お疲れ様でした!
2週間後、またこの万博記念競技場で会いしましょう!

November 19, 2016

決戦前夜

いよいよ明日は関西学生アメフトの関学vs立命の試合。

全勝対決。万博記念競技場 14:30キックオフ。

関西学院大学ファイターズファンの私。
今年は体調のことも考慮して全欠席でした。

明日は思いっきり応援してきます!!

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友呂岐緑地を散歩

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同じ場所を反対側から撮影。
清水町東公民館そばです。
友呂岐緑地は「ツール・ド・大阪 ねやがわウォーキングコース」の「かわコース」にはいっています。

November 16, 2016

シャボン玉

地元のトップワールドという私が贔屓にしているスーパーに「シャボン玉せっけん」のコーナーがあった。

トップワールドは、安心安全・自然・健康志向の商品がたくさん揃っているので買わずに見ているだけでも楽しい。商品へのこだわりが強い分、ちょっと高級品志向でお値段が大分高めなのが難点ではある。

その「シャボン玉せっけん」のコーナーに、「EMせっけんシャンプー」と「EMせっけんハミガキ」を見つけたので早速買ってきた。

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「シャボン玉」といえば、ドラッグストアで「薬用せっけんはみがき」をよく見かけるが、せっけんシャンプーを置いているのは初めてみた。それに「EMシリーズ」なるものがあるのも初めて知った。

EMって何なのかと商品の裏側をみてみると、「EMとは人や自然と共生する乳酸菌・酵母・光合成細菌などの有用な微生物の集合体です。」と書いてあった。何だかよくわからないのであるが、EMシリーズはEM(有用微生物群)を使用しているので、より環境に配慮した商品ということだそうです。

私の場合、舌癌の手術時に舌を広範囲に切除して、その切除した部分に左足の大腿筋を移植する再建手術をしている。再建手術をした舌は今でもちょっとだけ痛みが残っていることもあって、ラウリル硫酸ナトリウムのはいっている刺激の強い通常の歯磨き粉は、磨いた後口の中がハァハァ、ピリピリと不快感が残るのであまり使いたくない。そこでラウリル硫酸ナトリウムのはいっていないシャボン玉のせっけんハミガキを愛用しているわけです。

シャンプーは抜け毛が気になるので「スカルプD」とかを使っていたが、容器記載の成分を見ると22行も書いてあって添加物が気になりだした。無添加の「EMせっけんシャンプー」をしばらく試してみます。

せっけんハミガキは口の中であまり泡立たないので歯を磨いている感じがあまりしない。EMせっけんシャンプーもハミガキ同様泡立たないのかなぁと想像していたが、予想外の豊かな泡立ちでした。

November 14, 2016

樋之口町

8月中旬に退院してからちょうど三ヶ月たった。
最近は痛みもなくなり体調は安定している。
嬉しいことではあるが、再発の不安はいつもつきまとう。
でも、そんなこと考えていたら生きられないんで常に前向きです!!

久し振りに樋之口町の様子を見にいった。

ここがどういった場所かは、大阪DEEP案内さんの『戦後の残滓・大阪天満「樋之口町」バラック村』の(1)から(6)が詳しいので参考にして下さい。

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今回は桜ノ宮駅から大川沿いではなく、京橋から環状線沿いを歩いて都島橋に。
都島橋から眺める樋之口町。地下鉄天神橋筋六丁目駅からも歩いていけます。

大川(旧淀川)からの運河である天満堀川(堀川)の北端で、大川からの取水口(樋)があったところが樋之口。慶長3(1598)年に開削された天満堀川は現在は埋め立てられ阪神高速12号守口線が頭上を走っている。

『大阪史蹟辞典』(三善貞司/編 清文堂出版 1986年)
「樋之口町(北区)」より
「天満堀川が東北に延び、淀川と合流する地点に樋が設けられていたことから起こった町名である。~ 『浪花百景』に「樋の口堤より木村堤川崎まで桜ならざる処なく、ことに樋の口は天満のほり河に落とす樋にて、一面の芝なれば花の頃は雑人うかれて遊宴なす。~」とある。」

通るたびにいつも惹きつけられる不思議な街。
後ろにタワーマンションが聳え立ち、再開発の波に取り残されたような空間が広がる。

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サイゼリヤと大阪トヨペットの間にある細い路地を入る。
巨大なマンションがすぐそばに建っている。

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路地の奥に超隠れ家的なカフェバー「WAQUA」があった。
袋小路の突き当たりに案内がまだ掲示されていたのでまだやっているのかなと一瞬思ったが、店をたたんでしまったようです。物置に描かれた変わった絵だけは残っている。

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この路地は大川の河川敷につながっています。

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この懐かしい雰囲気の路地裏も5分ぐらいでぐるっと一周回れます。

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大川河川敷沿いに残る住居。右手後ろに建つタワーマンションの圧迫感がすごい。左手後方にはラブホテルが見える。左手奥がどうなっているのかと入っていったら、まだ人が住んでいた。椅子に座っていたおじちゃんに「出口はあっちだ!」と言わんばかりに指で指示される。路地の中は防犯カメラが設置されているし、カメラを持ってうろうろするのが憚られるような不穏な空気が漂うので早々に退散!!

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樋之口町から大川越に対岸を眺めると、小さな屋形船と大きなクルーズ船がたまたま通りかかった。一度ディナークルーズも体験してみたい。
都島区側の対岸にも大きなマンションがあるが、綺麗なマンションには似つかわしくない砂利採取業者の現場が真下にある。
しかし、この砂利採取場や鄙びた路地、バラック家屋と高層タワーマンションの対比が凄いとつくづく思う。

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おまけ!
都島南通1丁目に残る喫茶&スナック「ジャックス」。この界隈はスナックが何故か多い。

最近はこんな風にウォーキングが日課になっています。

November 09, 2016

蓮池を訪ねて

以前「香南横丁」の記事で書いた母がよく思い出話にする「はす池」のことが気になって昔の地図を調べてみることにした。

田んぼばかりだった当時の香里園の様子について、寝屋川市のガイドブック「ワガヤネヤガワMAP 香里園編 ほっこうりえんを歩こう。」(発行/寝屋川市 2011年)で中司昭夫さん(香里園界隈は川口さんや中司さんの名前が多い)が貴重な証言をしている。

「今の寿町あたりには道がなくて田んぼばかりで、農家の人は舟で池や川を渡って田んぼまで行っていました。蓮池があって、その蓮の実が甘くておやつにしてましたね。農業用のため池だったんですが、フナやナマズが卵を産んだので、たくさんの魚がいた。みんなよくのこぎりで捕まえましたよ。」

やはり蓮池はあったんですね!!

母は昭和16年生まれなので昭和17年生れの中司さんとは同世代。
小学校の子供時代の同じ時期(昭和20年代)に蓮池で遊んだことになる。
母の話によると当時周りは田んぼばかりで蓮池の近くにぽつんと一軒の家があったそうです。

昭和37年の複製吉田地図より

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香里園駅西側。

母の家があったところは真ん中142番あたりか。
今は「hairs BERRY」というお店になっている。

北小学校のすぐ東隣に池が見える。池は川のように細長く伸びていて570番あたりで北方向と南方向に二股に分れ川として流れている。この川は今も街の中に用水路として跡をとどめている。この池と隣り合わせの南側に芽が出たばかりの葉っぱの形をした大きな池がある。これが中司さんが言うところの農業用のため池だったのかよくわからないが、この寿町あたりにあった池でハス(蓮)が生えていた池を地元の人は蓮池と呼んでいたようです。今、池は跡形もない。

昭和42年の寝屋川市街図より

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5年後の香里園駅西側。

左上から右下にかけて斜めに貫く新しい道路ができている。
現在、外環状線(170号線)と呼ばれる幹線道路。
大阪ストアやスーパーシロ、トップセンターといったスーパーができたようです。
昭和30年代後半から40年代にかけ、大阪の都市部に近いまちとして急激に人口が増加し一気に住宅地が増え都市となっていた寝屋川市。香里園界隈でもこれらのスーパーの出店前後から住宅建設が進んでいった。

さて池の方はというと北小学校の東隣の池は残っているが、その南側の池は消えている。住宅の建設が進んでいったことや道路の工事もあって埋め立ててしまったのであろう。

地図上にある大阪メーターが2014年に破産。大阪メーター製造は、タクシー用の運賃メーターなどの製造で有名。つい最近まで工場の大きな建物が残っていたのだが、夏頃ごろに解体されたようで今は更地となっています。

昭和42年の地図を見ると、香里園界隈には今も残っている三ツ池、四方黒池、深谷池(蹉跎池。深谷調整池を見に行ったが水はなかった)の他にウシ谷池(第五小学校グラウンド)や墓池(同志社香里隣の墓地)などの池も見える。

池や川の名残として残っている用水路を見てきた。

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香里ダイエー本通商店街のパチンコアミューズの脇に用水路が姿をみせる。

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スーパー・トップワールド附近。
北小学校前(寿町)からスーパー・トップワールド前(香里南之町)までの用水路は地上に姿を見せていて、トップワールド前で二股に分かれている。

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トップワールドの駐車場附近。
用水路らしき水路が町中に張り巡らされている。

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外環状線の下に天井が低すぎるので思いっきり背をこごめないと人が通れないことで有名なトンネルがある。用水路も外環状線の下を通っている。

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北小学校近く。
田んぼや畑、池だった土地をそのまま住宅地にしたところが多いためか、コの字状や一本道の先が行き止まりの道が多く迷路のようで、目の前にある場所になかなかたどり着けないことも多い。

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トップワールドから南下している用水路は京阪の線路近くでまた地下にもぐる。

今日のぶらり散歩はこれでおしまい!ちゃんちゃん!!

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