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January 2017

January 29, 2017

CBC歌謡ベストテン

愛用のミニコンポのCDトレイがオープンしなくなりCDが聞けない。
カセットでも聞くかと昔のカセットを探していると、1980年(昭和55年)3月にCBC歌謡ベストテンを録音したものが出てきた。

懐かしく聞いていると、以下の順位でした。

第1位  『贈る言葉』 海援隊
第2位  『道化師のソネット』 さだまさし
第3位  『唇よ、熱く君を語れ』 渡辺真知子
第4位  『不思議なピーチパイ』 竹内まりや
第5位  『さよなら』 オフコース
第6位  『Hey Lady 優しくなれるかい』 庄野真代
第7位  『秋止符』 アリス
第8位  『大都会』 クリスタルキング
第9位  『ランナウェイ』 シャネルズ
第10位 『LOVE SONG』 ツイスト

ニューミュージック全盛時代でラインナップは最強ですね。
ヒット曲はCMソングからと言われる時代。
海援隊の『贈る言葉』が一位なのは卒業シーズンというのもあるようです。

昭和55年のヒット曲では、個人的には、松山千春『人生の空から』と中島みゆき『かなしみ笑い』ははずせない。

CBCラジオ(中部日本放送)のCBC歌謡ベストテンはよく聞いていたけど、まだ続いているんですね!!(゚ロ゚屮)屮
リンク先みたら演歌ばかりなのか知らない曲ばかりだった。

中学生の頃は当然パソコンもスマホもインターネットもなかったし、テレビも深夜に自由に見られる感じではなかったので、ラジオを聴くことが多かった。
ミニコンポの修理どうしよう(;ω;)

January 26, 2017

掛川城

1月に入ってから胃カメラ(食道・胃・十二指腸内視鏡検査)、CT検査、レントゲン検査、血液検査と順繰りに受け、結果は問題なしでほっと一安心。残りは30日の大腸内視鏡検査のみ。前回のPET検査で直腸にポリープらしき影が映っていたので一応検査しておくことになった。これが無事に終ればようやく病院通いは落着きそう。自分は今まで他人を呪い、恨み、妬み、蔑み、散々人を嫌って生きてきた人間なので、そんな負のカルマを積んだ結果、悪い霊に狙われ病気になったのだろうと、まぁ自業自得である。

今月、姪っ子に男の子が生まれた。両親にとっては初曾孫である。赤ん坊の顔をみんなで見に行こうと両親、妹一家と一緒に掛川まで押しかけて行った。生れたばかりの赤ん坊はしわくちゃで可愛さがよくわからなかった。これからだんだんと可愛くなっていくのであろう。

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昼過ぎに新幹線で掛川に到着。
改札を出てすぐのところにあった「ふじの坊・喜膳」で昼食。
掛川ならではの「深蒸し茶そば(二段)」をいただく。なかなか腰があっておいしかった。審査技術8段(掛川最高有段者)の茶師、大井丈史プロデュースで、鮮度にこだわっているので1日20食限定とか。

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時間はあるしせっかくなので掛川城界隈を散策。

掛川城天守閣前の広場からお城を望む。
空が青い!!

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これから掛川城天守閣に入ります。

山内一豊と、内助の功で知られるその妻「千代」ゆかりの掛川城。そういえばこの前行った郡上八幡城に、山内一豊と妻「千代」の像があったが、「千代」は郡上生まれだったんですね。

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天守閣の中は思った程広くない。
天気が良く一番上の塔の部屋からは山々の向こうに雪の積もった富士山が見れた。

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掛川城御殿から見る天守閣。
そういえば一年前にも掛川城に来ていたんですよね。
あの頃はまた手術することになるとは思いもよらなかった。
一年前なのにずいぶん昔のことのように思える。

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宿泊は「ドーミン EXPRESS 掛川」。
10階の部屋から外を眺めやる。
掛川城、ライトアップで神々しく光っている!

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ホテルの1階ロビーに飾られていた歌川広重の浮世絵「東海道五十三次」掛川宿。
「ドーミン EXPRESS 掛川」は、天然温泉の大浴場、サウナがあり、夜鳴きそばの無料サービスもついていて、朝食は和洋食のバイキングと快適なホテルでした。
「ドーミン EXPRESS 掛川」の東隣にステーションビル掛川座の建物があるが、かつては神代地川を挟んで北西側(現在の掛川大手門駐車場)に掛川座があった。掛川座(昭和31年に掛川映画劇場と改称)は大手町の遊廓の仮営業所跡地に明治42年に開場。当時は掛川で唯一の演劇場(芝居小屋)や映画館として親しまれ、大手町界隈は商業地として賑わった。掛川座は平成3年に80年の歴史に幕を閉じ閉館したが、平成18年にステーションビル掛川座として15年ぶりに復活したという。

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二日目に、掛川市ステンドグラス美術館、大日本報徳社、大手門などに寄りながら駅に向い、かつての盛り場連雀を歩いているとスナック「里」を発見。
入口に「バー」の古い鑑札が架かっている。

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連雀商店街(連雀名店街)。
スナック「一輪」、パブ「Pastime」、居酒屋スナック「酔恋」。

掛川には掛川座、栄劇場、中央劇場と3つの映画館があったと聞くし、今はなきヒラキ(百貨店)や岡田書店なんかもあって、連雀(れんじゃく)商店街もかつては繁華街として相当賑わったんだろうなとは想像できるのであるが、今はシャッターの下りた店が多く人影もまばら、寂れた感じで寂しい。掛川駅前もこれといった商業施設はなくガラーンとしていて、再開発前の活気があった頃の姿が想像できない。ところが今回訪れてみると駅前に新しい商業施設が出来ているのを発見。昨年10月29日、ユニー掛川駅前店の跡地にウィタス138かけがわ(we+138Kakegawa)がグランドオープンした。市街地活性化のためには喜ばしいことである。道路を挟んで反対側にはマルサ(ジャスコ)跡地もある。
しかし、街づくりというのは難しいですね。子供のころの賑わいと駅前市街地の衰退。観光客や人を呼ぶために城をはじめとする史跡を復活させたり、街並みや公園を整備したり、再開発で商業施設やマンションを作ったりすることで、一時的に賑わったとしても、それが必ずしも恒久的な活性化やまちの再生につながるとはいえない・・・。

帰りは掛川駅の「これっしか処」でお土産とパンを買って無事帰途に着きました。

January 15, 2017

朝起きて7時頃外を見たら雪が積もってたsnow

関西にも最強寒波襲来とか。

寒いんで昨日から湯たんぽ使ってますbearing

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January 12, 2017

郡上八幡

9日、海老蔵さんと小林麻央さんの特番があった。小林麻央さんが、がんと診断されたのは2014年10月。その同じ月に自分も癌と診断されて翌11月に手術。彼女の頑張りにはいつも励みになります。QOL(生活の質)維持のため昨年の10月に抗がん剤治療は中止したままです。でもこうやって元気になって旅行に行けたことに感謝。

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ホテルを出発して、郡上八幡市街へ。
郡上八幡城を見学した後、郡上八幡旧庁舎記念館前のパーキングに車を止め、風情ある古い町並みを散策開始。吉田川にかかる新橋そばに「宮ヶ瀬こみち」があった。正面は食事処「新橋亭」。“水の町”と呼ばれるだけあって川の水が青緑色で美しい。夏になると子供たちが12mの高さのこの新橋から吉田川に飛び込んで遊ぶことが知られているが、昨年の8月には飛び込みによる死亡事故もあったとか。さすがに真冬に飛び込む子供はいないようである。

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新橋を渡った右手に折口信夫歌碑がある。
設置された歌碑の説明を読む。
折口信夫は古典学者、民俗学者として高名であり、また釈迢空の名で詩人、歌人として活躍。大正8年8月に柳田国男のすすめで郡上に来遊したが、あたかも7月16日の北町の昼火事に町の目抜通りをはじめ、ほとんどが焼け亡んでいた。焼け跡に立った氏が、その情景を歌に詠んだ。

「焼け原の まちのもなかを行く水の せゝらぎ澄みて秋近つけり」

郡上八幡の家々に見られる袖壁は延焼を防ぐための防火壁の役割を果たしているが、この大正8年の北町の大火が教訓となっているのであろう。

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柳町の古い町並みの入口。みはらや旅館の向いで、旅館備前屋の隣。
「歴史ある用水清く古き町並み 柳町町並み保存会」

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宗祇水(別名白雲水)にいたる石畳の路地の入口。
ここは郡上八幡でも一番有名な観光スポットなのか観光客が次から次へと訪れます。ここでも外国人が多い。

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連歌の祖である飯尾宗祇が、この泉のそばで庵を結んだことから名付けられた。
「日本名水百選」の第1号に指定された湧水ですが、近寄って覗いてみてもそう綺麗にはみえない。なんでこんなところに観光客が大勢集まるのかよくわからない。

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夜になって石畳に灯りが灯ると昼とはまた違い雰囲気が出てくるのでしょう。

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「やなか水のこみち」
柳の並木、大きな家屋敷、玉石を敷きつめた小路の脇に透き通った水路が流れロマンチックな風情をかもし出しています。

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野中稲荷神社。
由来看板を読むと、次のような説明が書かれている。
江戸時代の初め、この一帯に郡上藩主遠藤氏の藩屋敷と、三筋の町並み(現在の稲荷町一~三丁目)をつくった新長屋・中長屋・片長屋と呼ばれる長屋群があり、野中(やなか)稲荷神社はその遠藤氏の屋敷と土地を守る屋敷神であったとされる。また、「やなか水のこみち」は昭和63年に小公園ポケットパークとして整備され、野中稲荷(やなかいなり)神社にちなみ命名された。

奥が料理居酒屋「花むら」。

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稲荷町一丁目。稲荷町は、東から一丁目・二丁目・三丁目と三筋の平行な通りを中心に綺麗に四角に囲まれて町が形成されている。郡上八幡は小京都と言われるだけあり、どことなく京都の町並みに似た風情がある。

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稲荷町の路地にある田舎料理「喜代竹」。左隣が一棟貸しの町家「やなかの大助」。市街地にある町家を1日1棟1組様限定で貸してくれる宿泊施設とのこと。この稲荷町界隈だけでも「花むら」や「喜代竹」「古富美」といった料理屋に、スナック「M」などがあり、かつては置屋のある花街であったのか、稲荷町から日吉町にかけては旧色街の雰囲気を漂わせている。この「喜代竹」のある通りを南に向いて、左手はお寺の立ち並ぶ寺町で、右手のサイトウパーキングのある辺り(日吉町)一帯は、かつて裏田と呼ばれ、明治中期から昭和前期にかけて歓楽街として栄えた。明治35年頃に八幡座という劇場が開業。一旦大火で消失したが、その後八幡劇場や日吉劇場が開業し、映画演劇のメッカとして賑わった。八幡芸妓のいた郡上八幡の花柳界や映画街はなくなったが、今、長良川鉄道で舞妓列車(舞妓ランチ列車、舞妓カフェ列車)が郡上八幡駅・美濃太田駅間で運行されている。

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みどり美容室。その隣の隣に「いなりや」がある。

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稲荷町商店街を抜け、上日吉通の商店街。
郡上八幡には市街地の全域に渡って古い町並が残る。
袖壁を持つ格子づくりの町家と街の中を流れる水路が郡上八幡の古い町並みをつくっている。

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酒処「みさを」

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立町通り。
「宮田帽子店(ボーシの宮田)」

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乙姫川沿い。
「FLOWER SHOP赤垣」

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常盤町「いがわこみち」。
水量の多い用水が流れていて鯉が泳いでいる。

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常盤町の街中のところどころに共同井戸がある。
不老長寿乃天然湧水と書いてあるので水が出るのか恐々さわっていると、正面の家の方が出てこられて親切に井戸の使い方を教えてくれた。最初何度がポンプを押して水を少し流してから飲むといいとのこと。水が軟らかくておいしい。宗祇水よりお勧めの観光スポットです。

明日は内視鏡検査です。また何度もおえっおえっと苦しい思いをするのかと思うと今から憂鬱。。。

January 10, 2017

モネの池

三重県を後にして岐阜県に入ります。

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途中、川島PA(各務原市)で休憩。
オアシスパーク内のあおぞらベーカリーで昼食。和風茸あんかけオムライスセット。食事の後、木曽川水園をぶらぶら。

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何の予備知識もなく「モネの池」と言われて連れてこられたのであるが・・・。
場所は岐阜県関市板取の南端。
池のそばに駐車場があって、そこから観光客が池の方に向ってぞろぞろと歩いていく。
何なんだ?( ̄□ ̄;)
みんな池の周りで一生懸命に写真をとっているぞ。
遠めにはただのため池にしか見えない。
近寄って見ると透明度が高いからか後ろの木が池面に逆さに映っていて神秘的な美しさがある。生憎の曇り空で綺麗な色合いで撮れなかったのが残念。
それにしても冬休みに入っているからか、次から次へ観光客が来る。
今話題の観光地らしい。

入口に説明板があったので戻って読んでみる。

「名もなき池 通称「モネの池」
水-湧き水のみ
湧き水の出所-橋の周辺や前辺り
湧き水の水温-夏も冬も14℃位
水温14℃による影響-
(夏)
・スイレンの開花が朝でなく11時頃
 (25℃位)閉じるのが夕方となる。
・開花期が5月下旬~10月下旬
 (最盛期6月中旬~7月中旬)
(冬)
・スイレンの葉が枯れずに赤く紅葉します。
・鯉が湧き水の出所に集まります。
池底-この辺りは白っぽい岩(石英質)が多く、地底で湧水により有機物が流出後に石が残り、白っぽくなりました。
植物-橋の前部の湧水部は土中を水が動くので植物が根を張りにくく、あまり繁殖しません。池の両端は湧かないので、よく繁殖し、花も多く咲きます。

根道神社(ネミチジンジャ)
※この地元(白谷地区)の氏神様」

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それにしてもなぜこんなに観光客が多いのかわからずそばの案内所の方にお話しを聞いてようやく納得。観光案内所も観光客が爆発的に増えたので後からいかにも作ったというような感じで、商魂たくましくモネの池のおみやげを売っています。

関市板取にある名もなかった小さな池が、写真雑誌に投稿された写真がきっかけに、SNSを通じて話題になりはじめ、フランス印象派画家クロード・モネの代表作「睡蓮」に似ているという評判がSNSやメディアを通じて拡散、“モネの池”として訪れる人で賑わうようになった、とお聞きしました。

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さらに、モネの池にいるハート模様の鯉を見つけると恋が成就するかも、という情報も・・・。
早く言ってよーー、ということで池に引き返し鯉を探す。

あっ、それっぽい鯉が右上から来た(^ω^)

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頭の部分にハートのような模様のある鯉、これですね!
無事撮影\(^^)/

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モネの池を後にして、本日の宿泊地・ホテル郡上八幡に到着。
館内施設も充実していてかなり豪華なホテル。お風呂は郡上温泉「宝泉」という日帰りの天然温泉施設を併設していてかなりのお客さんで賑わっていました。

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夕食タイム。
夕食後は館内の「ふるさと広場」で郡上おどり体験が開催されていました。

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翌朝ホテルの周りを散策。千虎公民館や千虎白山神社、長良川沿いとのどかな集落を巡る。長良川ラフィティングの施設、レストラン、台湾料理の店、喫茶店などがある中、ホテル千虎というラブホテルもある。地名は郡上市八幡町吉野となっていますが、この辺りは千虎(ちとら)と呼ぶんですかね。

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ホテルのそばを清流・長良川が流れる。
大阪の川と較べるとさすがに綺麗ですヽ(;´ω`)ノ

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朝食タイム。
今日は郡上八幡を歩きます。

January 09, 2017

御在所ロープウエイ

二日目、いよいよ御在所ロープウエイに乗ります。

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御在所ロープウエイ湯の山温泉駅到着(標高 約400m)。

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出発しました。赤いゴンドラが特徴です。
真下に湯の山温泉街を見下ろせるspa

御在所ロープウエイは全長2161m、標高400m地点の山麓から御在所岳(1212m)山上まで、高低差780m、所要時間12分の空中散歩が楽しめる。

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雪だーーーsign03
途中岩場の横、5号柱(805m)を通過。

ロープウエイからは岩場に野生のカモシカがいたり、登山客が歩いていたりするのを真下に覗き見ることがきるeye

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奇岩や岩場を眺めながら急な角度で上昇するので、まさに飛行しているような感覚を楽しめる。ゴンドラの窓からは四日市市街地や伊勢平野、伊勢湾、知多半島が一望でき、まさに絶景。大パノラマに感動しますhappy01

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山上公園駅に到着。
御在所岳頂上の方に目をやると樹氷越しにスキー場のリフトが見えるski

写真では木に隠れているがこの左下手にかつては御在所山上ホテルがあって私も泊ったことがある。今ホテルはやっておらずレストランアゼリアになっている。

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展望台のある朝陽台広場は下界では想像もできない白銀の世界snow
白銀に輝く樹氷が何とも言えず幻想的diamond
最初着いた時はちょっと吹雪いていて、おまけにガスっていて展望台からは何も見えなかった。めちゃくちゃ寒いので手がかじかんでカメラのシャッターが切れないwobbly

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冷えた身体を温めるために食堂でしばし休憩をしていると晴れ間が見えてきた。チャンスとばかり展望台に引き返し先ほどは断念した富士見台展望台に。名古屋市街方面まで見渡すことができる。空気が澄んでいたので運よく富士山まで遠望できたfuji

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このすばらしい景色をずっと眺めていたいのであるが、次の目的地移動のため山を降りますcar

January 08, 2017

湯の山温泉~その二~

湯の山温泉に入る手前のところにアクアイグニス・片岡温泉というおしゃれな複合温泉リゾート施設ができていた。寄ってみると流行っているのかかなり賑わっている。買い物をしたり食事をしたり、いちご狩りもでき、宿泊も出来る今時の日帰り温泉施設も併設されている。昔に比べ廃れた湯の山温泉に行くよりも、綺麗なこちらの方に客足が取られているのではと感じずにはいられなかった。

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アクアイグニスにはパティシエ辻口博啓による洋菓子店がある。
辻口博啓が手掛ける砂糖不使用のチョコレートを買う。
6枚入(ビター×2,ミルク×2,ホワイト×2)で1080円です。高っか(゚0゚)
味はというと、近所のスーパーで100円台で買える明治の「おいしいoff 砂糖ゼロ」と変わらない気がしたが(;д;)

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涙橋は、湯女(ゆな)が湯治客と涙を流して別れを惜しんだことからその名が付いたと、湯の山温泉公式ホームページには書いてあるが、この涙橋縁起には、大石内蔵助良雄が愛人小柴太夫(阿軽)と涙ながらに別れを惜しんだのがこの涙橋の由来と書いてある。どっちなんだ??

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「和風観光旅館 翠月」
昭和初期の面影をのこす、全5室の昔ながらの純和風の温泉旅館。
映画「男はつらいよ フーテンの寅」(第3作 昭和45年1月 公開)の舞台にもなっている。

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ここにも何か建っていたんですよねぇ。
涙橋の正面に湯の山では最大規模の「新湯の山観光ホテル」が聳え建っていた。「新湯の山観光ホテル」は温泉街の中心とも言える目立つ場所に建っていたので、さすがに他の廃墟群同様廃墟のまま放置するわけにもいかず解体したのであろうか。場所的にはその今はなき「新湯の山観光ホテル」のちょうど裏あたりなのでホテルの遺構にもみえる。
すぐそばに「喫茶 翠明館」がある。翠明館は旅館をやめて喫茶店に転業した模様。

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杉屋東店(お土産屋)。旅館寿亭のすぐとなりにある。
ちなみに旅館の「杉屋」はとっくに廃業していて、鶯花荘と同様、廃墟・心霊スポットになっている。

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居酒屋「おとし」の看板の読めなかった文字は、やはり「わらび餅」のようですね。
昔は「わらび餅」が湯の山名物だったのだろうか?

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タイル貼りの何だかわからないものに「スギヤ」の文字がみえる。
「杉屋」は湯の山温泉の中で最も古い老舗旅館だったんですけどねぇ。

「湯煙りに 夕暮杉屋 ほととぎす」

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「ペンションきんこんかん」
壁の破損状態からこちらもやってなさそう゚゚(´O`)°゚

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映画「男はつらいよ フーテンの寅」のロケ地、蒼瀧橋に到着。
映画では、旅館の美人女将役が新珠三千代で、湯の山温泉の芸者を演じるのが香山美子。

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老朽化のためか蒼瀧橋は渡れないようになっていました。

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こっちも古い建物です。

私が子供の頃は湯の山温泉駅まで近鉄特急が乗りつけ、観光客も多く温泉街はもっと活気があって賑やかだった。それが今や廃業した旅館の多くが廃墟になっていたりするのを見るにつけ、ずいぶん寂れてしまった感はするが、そういった昭和の臭いのするひなびた温泉街の雰囲気が逆に好きだったりする。

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明治7年創業の老舗旅館・寿亭。

見上げると昭和4年に建てられた国登録有形文化財の別館「水雲閣」が聳えたっている。

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道路沿いに寿亭の玄関への入口があった。左側に上へ行くエレベーターがあったが、右側の石段を登っていく玄関に至るまでの道中が素晴らしい。まるで古い城の大手門にでも向かうような構造になっている。

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上に上って反対側を見下ろす。
大正4年に築造された寿亭の松仙閣には、昭和8年に文豪志賀直哉が滞在し、短編『菰野』を執筆している。また、伊藤左千夫もここに宿泊した。

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雪が舞ってる、寒い(ρ_;)
朝食前の散策、そろそろ帰ろう。

湯の山温泉にも「湯楽園」と呼ばれる赤線があった。
「だが時間をさいてもいちど行きたいのは湯の山温泉です。四日市から電車でやく一時間の山奥ですがバスのほうが早くて便利です。奇巖名朧で名高い風光明美の温泉郷でありまして、時鳥の声をきき、桜と紅葉は全国的な山境で『湯楽園』には七軒ですが地方情緒の女がいます。
天下の奇岩名勝を美でながらお湯と、おぼこ娘。四日市下車、電車とバスの便」
(『実話雑誌』 特別増刊3月号 昭和29年3月 全国主要赤線地区案内)

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湯の山ロッジの朝食。

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(おまけの写真)

今から46年前、昭和46年10月9日。
僧兵まつりの行なわれている湯の山の様子。
私(6歳)と今は亡き祖母(一番右)

一年に一回の三岳寺「僧兵まつり」だからか、かなりの人で賑わっている。後ろはグランドホテル向陽(現、彩(いろどり)向陽)ですね。1階部分がグリル向陽になっている。Googleマップのストリートビューと比較すると、建物自体は変わっていない模様。右側の斜めの電柱もそのまま。ただし、左側の「いこい」「大安」というお土産屋さんは見事に消えている。昭和55年5月24日に、昭和天皇、皇后両陛下がグランドホテル向陽に宿泊されている。

この後、御在所ロープウェイに乗ります(o^-^o)

湯の山温泉~その一~

本日の宿泊地、湯の山温泉の国民宿舎湯の山ロッジに到着。
湯の山温泉は小さい時から何度も来た事があるが久し振りである。

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湯の山ロッジは、年末にもかかわらずお値段はリーズナブル。
お風呂は天然鉱石温泉で露天風呂もないが、温度設定がちょうどよくゆっくり入ることができた。

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夕食。夕食のあと「なばなの里」のイルミネーションを見に行く計画を立てていたが、ロッジの従業員の方が、この遅い時間から行っても車がめちゃくちゃ混むので避けた方がいいとアドバイスしてくれ断念することに。

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「なばなの里」の代わりに宿の前のイルミネーションで我慢ヽ(´▽`)/

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翌日早朝、温泉街を探索開始。
湯の山ロッジを出て「いこい橋」を渡り、坂道を少し下ると廃墟や心霊スポットで有名な「鶯花荘寮」があった。ネットで検索すると怖い話がうじゃうじゃ出てくる。「中に入ると近日中に必ず事故を起こす」とか。怖い(lll゚Д゚)
塀の上に白い物が載っているのが何箇所か確認できる。富士山の形に見えるのは清めの盛り塩だよなぁー。入れそうなところはないが裏からでも入れるのだろうか。とてもじゃないが中に入る勇気はないので即退散。なお、ここからずーっと坂道を登って涙橋の少し先の切り立った山肌に建っている「四季のホテル 鶯花荘」も同じく廃墟状態である。

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隣の家を何気無く覗いてみると芸妓置屋らしい「花乃家」という表札がかかっていた。
もう一軒「三慶園」の住所のところに「鈴乃家」というのがある。気になって昭和54年度版の全国芸妓屋名簿の湯の山和幸連芸妓芸妓屋組合の項を確認すると、14軒記載されていてその中に「鈴の家」の名前はあった。
昔は菰野芸者がいたけど今はいなさそうですね。
歌人・伊藤左千夫と菰野芸者の恋物語か…。

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湯の山ロッジから温泉街の中心までは少し離れているので、県道577号線を歩いて登る。
途中、古ぼけた看板発見。
「ナイトパブつどい」「焼き鳥串みつ」

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道路沿いでニホンカモシカに遭遇w(゚o゚)w

御在所岳には野生のニホンカモシカが生息していて、国の特別天然記念物に指定されている。まさか温泉街の下の方で会うとは。御在所岳山上に日本カモシカセンターがあったが2006年に閉園したようです。

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三滝川にかかる橋の向こうの建物は何だったのでしょうか。
廃墟スポットで有名な温泉地だけあってこういった物件がいたるところにある。

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湯の山パーキングセンターがみえてきた。突き当たりのお土産物屋さんが湯の山パーキングセンターで、湯の山温泉街の玄関口にあたります。

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グリーン工房。木工体験ができます。
上り坂がずっと続く。

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反対側から。ここら辺はおみやげ屋や飲食店が並ぶ温泉街のなかでも賑やかな通りになっています。「どんぐり」という喫茶店はなくなり更地になっていました。

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居酒屋「おとし」の壁の大きな看板に、上部に湯の山名物と書いてあって、左は「大石焼」で判別できるが、右側が消えかけていて読み取れない。湯の山温泉名物といえば、大石焼きと並んで有名なのが僧兵餅。しかし、僧兵餅には読み取れない。一番上の「わ」と一番下の「餅」は読み取れるので「わらび餅」??湯の山名物でわらび餅は聞いたことがないが…。

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居酒屋「おとし」。
中菰野に方に移転してやっていないようです。

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居酒屋「えん」。湯の山温泉協会がある。

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三瀧家。何の店だったのでしょう。

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湯ノ山温泉(『日本温泉事典』より 昭和32年 日本交通公社)

三重県三重郡菰野町。三滝川上流の山地。一名菰野温泉ともいい、西に御在所(ございしょ)山・鎌ガ岳・国見岳、東は遠く展けて伊勢湾を望む。標高約460m、避暑の適地。付近の桜は一目千本といわれる。共同浴場1カ所。(歴史)718年(養老2)僧浄薫が薬師如来の夢によって発見したといい、その後9世紀頃伝教大師が来浴し、17,8世紀頃大石良雄も来遊し、芭蕉も名吟をのこしている。(泉質)放射能 14.5~27°。(交通)(三重交通)湯ノ山 西約3kmバス。(名所)大石・長石・蒼滝・御在所岳・鎌ガ岳・三岳寺・百間滝・三滝川渓谷・凌雲渓・涙橋。(行事・行楽)花見(つつじ・しゃくなげ)・スキー・キャンプ。(名産)桜の塩漬・山ふきの佃煮・ながもち・入道糖。(旅館)寿亭・湯ノ山ホテル・文月館・鶯花荘・近鉄観光ホテル・杉屋・三滝荘

January 06, 2017

四日市

年末に三重・岐阜方面に旅行に行ってきました。
今回は妹の家族と一緒で珍しく車での移動。

途中、私が生まれてから中学二年生までを過ごした四日市に寄る。

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昭和45年から10年間住んだのが笹川団地。
笹川東公園に車を止め卒業した笹川東小学校、住居跡、4号公園とめぐる。
4号公園は近所の仲間と毎日のように草野球をしていた場所です。
行ったときは子供の姿が見えず寂しい。家の前の道路も野球場にしていた。
近くの家の表札を覗くと同級生の名前がそのままあって懐かしく色々と思い出す。

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八王子から室山まで歩く。

羽田結納店。三重県でよく見かける結納店の看板。

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ヰセキ東海

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私が通っためぐみの園幼稚園四日市キリスト教会(日本長老教会、当時は日本基督長老教会)に寄る。
四日市キリスト教会はプロテスタントの教会で、当時の牧師は堀越暢冶さんでした。
教会のそばに住んでおられる草野さんがおられたので当時の話をしていると、息子さんが私と同級生(めぐみの園幼稚園、1972年3月第九回卒園)であることが判明。

めぐみの園幼稚園の小さなグランドから笹川団地の方をのぞむと亀山製紙室山工場の建物がそのまま残っている。瓦屋根が一部崩れかけているようで不安、文化財として何とか保存して欲しいものであるが…。四郷地区にはかつてはトーヨーニットの工場があり、酒造所(神楽酒造、ナカムラ酒造部、笹野酒造部)や味噌・醤油の醸造所(ヤマコ醤油)のある黒壁の町並みが広がっていて、醤油の濃い臭いが漂っていた中を歩いて幼稚園や教会まで通ったものである。

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続いて5歳まで住んでいた西日野の社宅に寄る。
当時は、松下電工第一松福荘と言ったが、現在はパナソニック株式会社の四日市社宅B棟が住む人もなく当時の面影をそのまま残して現存している。それと、幼かった頃3人兄弟で一緒に遊んだ社宅前のブランコやジャングルジムのある遊園地がそのまま残っているのに感動。子供の多かったあの頃の賑わいは夢か幻かだったのであろうかと思わずにいられない。

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十七軒町のカトリック四日市教会に寄り(小学校時代にプロテスタントの教会からカトリックの教会に転籍した)、鵜の森公園近くの「どんぷく」で昼食。
鵜の森公園にある丹羽文雄句碑。
「古里は菜の花もあり父の顔」

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四日市駅前近鉄百貨店。四日市はジャスコ(現・イオン)発祥の地で近鉄百貨店よりもジャスコの方でよく買い物をした記憶がある。そういえば笹川団地の中にも近鉄ストア(近鉄サンビーム)とオカダヤがあった。四日市駅前で思い出すのは、休日に家族で食事をした「角源」(うどん屋)、「青苑(セイエン)」(中華料理)、不二家、白楊(はくよう)書店など。

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一番街商店街にある「おもちゃのぺんぎん」は昔のまま。
しかし四日市駅東側のアーケード商店街は、空洞化が進んでしまったのか寂れてしまった感じがする。

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諏訪公園近く諏訪栄町の歓楽街を歩く。諏訪公園近くの回転寿司屋さんとラーメン屋さんに家族で食事によく来たが今はどこにあったか見当がつかない。

諏訪公園の南西側、居酒屋「お半」や中華料理「四日市飯店」 のあるあたりは「港楽園」と呼ばれた赤線地帯だった。熟女キャバクラ( ̄Д ̄;;

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少し北上。奥にはソープも見えてくる。こっちは姉キャバですよ(;;;´Д`)
諏訪公園の西側(諏訪栄町から西新地にかけて)も「春告園」呼ばれた赤線地帯。
港華園という赤線もあった。
四日市名物トンテキと書いてあるけど肉は今自粛中なので食べれず残念(;ω;)

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路地を覗いてみる。バー、スナック、居酒屋、カラオケ…。いい感じですね(*^-^)

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異色作家・清水正二郎(胡桃沢耕史)の「東海道お色気五十三次」(昭和38年 第二書房)に四日市のことがでてくる。

初めて訪れた四日市の「みつや」という喫茶店の女の子が色々教えてくれた。
「この先のスワ町に、小さい飲み屋やバーがぎょうさん並んでいる小路があります。そこで遊ぶようです。」
「スワ公園裏の暗い所に、夜中になると、たくさん客引きが出るそうですよ。でも、見たわけじゃないから知りません」
早速探検に出た二番街の小路の角に“性具・性楽・男女サック取扱所”の看板をあげている「あかもん」(東大には関係がない。持続性塗り薬や感度高揚薬などを売っていた。)という“四つ目屋”を見つけはいってみる。店を出た後、キャバレーのネオンがつきはじめたので、喫茶店の女の子に教えてもらった外国人や船員にも有名な国際キャバレー“クイーン”をのぞく。キャバレーをあとにして“スワ百貨店”の横から、飲み屋のある西部小路を通り過ぎスワ公園に前に出るとポン引きの婆さんに声をかけられた。この婆さんに赤線の建物を利用したらしい“トルコ・かま風呂旅館”という妙な旅館に連れて行かれたという話である。

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スナック、パブなど。レクサスIIはフィリピンショウパブと書いてあります。

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あっ、駅に近鉄電車が止まっている。ク260形という新型車両。
近鉄伊勢八王子戦、近鉄内部線ではなく今は四日市あすなろう鉄道八王子線、四日市あすなろう鉄道内部線と呼ぶそうです。
昭和49年7月25日の集中豪雨により天白川・鹿化川・内部川が氾濫して決壊。それ以降、八王子線の西日野・八王子間は廃線となった。八王子・室山・西日野は家屋浸水などの被害がひどく、高台に造成された笹川団地から大量の水の流れてきたことが原因ともいわれ、笹川団地の住民は各家庭にあるものを支援物資として出して被害地区に届けたということがありました。

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駅前の十三質店。渋い(;;;´Д`)ゝ

湯の山温泉に移動します。

January 05, 2017

今年もよろしく

S1701051新年明けて早五日。
今年もブログは細々と続けていくのでよろしくお願い致しますm(_ _)m

師走・年の瀬に旅行に行ってきまして31日に帰宅。
新年は自宅。
初詣はご近所の成田さん(成田山不動尊)と石切さん(石切劔箭神社)。
2日は妹の家族と一緒に蟹鍋でした。
3日はライスボウルのテレビ観戦とあっという間に正月が終ってしまった。

昨年を振り返ると、夏に手術、入院。仕事では7年半間勤めた部隊が解散、と色々あった。
今年の目標みたいなものは特にないけど、なんとか1年生き抜きたいとは思っている。
生への執着はないと言いながら、まだ色々やりたい事はある。

まずは1月の検査を無事乗り越えたい。
また検査結果はブログでも報告します。

第70回ライスボウルは、応援する関西学院大学ファイターズが富士通フロンティアーズに13-30で負けました。東京ドームの観衆は3万3521人と結構入った。

関学は序盤QB#6伊豆はじめオフェンス陣が緊張していたのか固かった。選手のみんなはライスに勝って日本一になるという目標をもってやってきたので、どうしても勝ちたいという気持ちばかりあせって慌ててしまったのか。それがプレーの精度にも影響して、バタバタした感じになってしまっていたように見えた。第2Qの途中からはQB#6伊豆も落着いてきたのか攻撃にリズムが出てきて、RB陣のランやWR#11前田へのミドルのパスが通りだしただけに、出足がもう少し良ければと悔やまれる。

ラインも頑張っていたし、ディフェンスもRBゴードンのランを止めていたのだが、QBキャメロンに今シーズンのベストパフォーマンスともいえるあのTDパスを立て続けに決められたらどうしようもない。関学のDBもカバーしてついていたけど、キャメロンのパスの弾道が今まで学生のパスとは次元が違う想像を超えたものだったんですかねぇ。外国人力士が活躍するようになっておもしろくなくなった相撲と同じように、アメフトも同じことになっている。

2年前と同様スペシャルプレーの精度が悪かった。ラン、パスとも出ていたのでスペシャルプレー(フリーフリッカー使い過ぎです)やギャンプルは多用せず正攻法で勝負してほしかったなぁ(;ω;)。

途中負傷退場したDB#49松嶋に替わり1年生のDB#35吉野大也が出場していた。ライスボウルというひのき舞台で大抜擢!?。来年度も楽しみな選手が大勢いる。上級生から受け継いだ打倒社会人の夢。この日の悔しさや雪辱の思いを引き継いで後輩達には頑張って欲しい。
4回生の皆さんは、4年間お疲れ様でした。夢を与えてくれてありがとう!!

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