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February 16, 2017

色里奇譚Ⅱ-島原-

2月12日(日)、企画展「色里奇譚Ⅱ -絵葉書にみる島原-」を見に島原の「きんせ旅館」に行ってきました。
京都駅で山陰本線(嵯峨野線)のホームに着くと、発車直前の電車がいたので飛び乗ったら二条駅まで止まらなかった?( ̄□ ̄;) 1駅逆戻りして無事丹波口駅に到着。
きんせ旅館を訪れるのは3回目。
1回目は2010年、2回目は2014年なので3年ぶりか…。
入口でポストカードもらいました。
左上角が伝説の松本楼の勇姿。左下角は青木楼の前ですね。

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何回か来ているので駅から「きんせ旅館」には迷わず到着。
丸い看板にはカフェ・バーと書かれています。
昭和30年の『全国女性ガイド』(渡辺寛 季節風書店)や昭和29年の『旅行の手帖 臨時増刊 №12 京阪神見物から各都市の遊び場まで』(自由国民社)によると、揚屋は角屋、輪違屋、青木楼の三軒で、貸席としては金清、本滝野、曙、松葉、東滝野、南滝野、北滝野などがあげられている。となると「きんせ旅館」の前身「金清」は、もとは「揚屋」として作られたのが、貸座敷または貸席として利用され、時代を経て旅館からカフェ兼旅館へと変遷していったのであろうか。そもそも揚屋と貸席(またはお茶屋)の違いがよくわからないのであるが、揚屋は自前で料理を作っていたのに対して、貸席やお茶屋は料理は作らず、仕出し屋などから取り寄せていたということなのか。まぁ、揚屋も貸席もお茶屋もたいした違いはない。輪違屋は置屋兼お茶屋。

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中に入るといつもながら美しいステンドグラス。
青山均さんがいらっしゃった。青山均さんと遊廓研究版による展示。島原遊廓の絵葉書を興味深く拝見。あの絵葉書は太夫に派手な色をつけない方がいいと思うんですけどね。
どういうわけか女性のお客さん多く大盛況。休日はカフェ利用のお客さんが多いだけなのか、最近は遊廓に興味のある女性の方が多いと聞くし、よくわからないのであるが、賑やかなので私も何の気兼ねもなく絵葉書や写真を見て回ることが出来た。

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きんせ旅館をあとにしてちょっくら島原界隈を散策。

西新屋敷中堂寺町。北の端に「松ちゃん」。

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木村聡さんの「赤線跡を歩く2」(2002年 自由国民社)にも紹介されていたお茶屋「青木楼」跡。左隣のコーヒーショップ「アオキ」はまだ営業しているのかなぁ…。

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旧「青木楼」の向かい側が「京だんらん嶋原」。
この建物は元貸座敷で鳥料理屋「鳥清」だったのが今はシェアハウスとして利用されています。最近は空家となって使われなくなった京都の町家や古民家をリノベーションによって再生させたという事例が結構あるようです。知らなかった(´∀`)

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西澤邸。
旧歌舞練場南隣。花街島原に残る数少ない揚屋建築。
格子の繊細な意匠にその面影が残っている。平成19年度「京町家まちづくりファンド」改修助成モデル事業選定。平成24年度歴史的風致形成建造物指定。
西澤邸は3月4日(土)に見学できるみたいです(itonowa・ギャラリーたんとん・ギャラリーのざわと併せて4会場)。

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ギャラリーたんとん。
揚屋建築。お茶屋「松葉」の建物を改造して再生させたギャラリー。

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カフェ「Hygge(ヒュッゲ)」は、元は貸座敷として使われていた町家がリノベーションされたお店のようです。

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欄干マニア集合\(^^)/

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欄干マニア集合。その二\(^^)/

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丸窓マニア集合\(^^)/
松柄ですね。
ここから少し離れた上之町の田中伝統工芸(有)の丸窓にもうっとり。

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タイル貼りマニア集合\(^^)/
格子窓のガラスのところにステンドグラスが透けて見えていて以前から気になっているお家です。

S1702122

歌舞練場跡記念碑

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歌舞練場跡記念碑
島原歌舞練場は、明治六年(一八七三)上之町に島原女紅場として開設され、青柳踊や温習会が上演されていたが、同十四年頃には衰微を極め、青柳踊等も頓挫した。その後景気の回復により、太夫道中が再興され、歌舞練場が常にその巡行の拠点としての役割を果していた。しかし、当初の歌舞練場は、狭隘にして、かつ貸座敷組合事務所との共用であったため、昭和二年(一九二七)に中之町の現在地に移転し、本格的な劇場施設として新築された。それ以来、この新歌舞練場は、歌舞会にあたる養柳会が運営にあたり、歌舞音曲の練習発表の場として、毎年温習会が開催された。戦後の同二十二年以後は島原貸席お茶屋業組合の事務所としても使用されてきたが、平成八年(一九九六)同組合の解散に伴い、歌舞練場を解体し、歌舞練場百二十余年の歴史を閉じることとなった。
また天保年間の島原鳥瞰図によると、当地はもと稲荷社が鎮座していたことから、この大榎には、歌舞練場解体時までその根元に祠が祀られていた。約二百年の樹齢を誇るがごとく、樹高は十五米、幹周りも二米となり、今なお神木としての威厳を留めている。
ここに、記念碑を建立し、花街の象徴であった歌舞練場と古木の由来を刻するもの
である。
   平成十三年十一月吉日 島原伝統保存会
宝暦の むかしの夢は見は見つれ 夜半の投節 聴くよしもなし
吉井勇(歌人 一八八六~一九六〇)
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平成8年に解体された歌舞練場は「赤線跡を歩く 完結編」(2007年 自由国民社)に掲載された青山均さん撮影の写真で当時の様子をうかがい知ることができる。

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輪違屋(わちがいや)。
島原に現存する唯一の置屋。
中に入ろうと思ったら特別公開の時を狙うしかない。

「角屋」が現在特別公開中(第51回京の冬の旅特別公開、3月14日まで)でした。
近松秋江を思い出し入ってみたかったが、連れなしで一人で入るのは寂しい。次回の楽しみにとっておこう!

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京都の町ではこの「仁丹」マークの町名看板をよく見かける。
この看板、古い家が建て替えられるごとに徐々に消滅・減少していく運命にあるので、2010年には森下仁丹株式会社による「京都町名琺瑯看板プロジェクト」が立ち上がり、新しい看板を復活させて京都の町中に随時設置されていっているという。しかし、古い仁丹看板は古物商で高値で取引されることもあってか、二年程前には盗まれる被害も続出していたとか。

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島原大門の左わきに竹が何本か植えられているところを何気無く覗き込むと木柱に何か書いてあった。上と下がよく見えないが、「不夜庵 炭太祇この地上ノ町に住む」と読める。

ウィキペディアなどによると、炭太祇(たんたいぎ、1709年-1771年)は、江戸時代中期の俳人。宝暦4年(1754年)、京都島原の遊郭内に不夜庵を結ぶ。与謝蕪村と親密に交流した晩年6年間は俳諧三昧の生活を送った。また、花街島原の女性たちに俳諧や手習いの教授を行っていた。与謝蕪村と炭太祇の島原での活躍は、島原俳壇と呼ばれている。

  傾城の朝風呂匂ふ菖蒲かな

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細い路地に迷い込む。

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京都ではお茶屋や料理屋の鑑札を良く見かけるが、カフェーの鑑札もあった。

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1周30分もかからない島原散策。新たな発見が色々あった。

街は変わってゆくもの、そして変えていくもの。

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Comments

今回もお越しいただきまして、ありがとうございました(*^^)v

こちらこそ、素敵なイベント開催ありがとうございます。
関西ではこういったイベントが少ないので…。
またいつか色里奇譚Ⅲ期待しています(^_^;)

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