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October 23, 2017

浪花町・豊崎本庄

折角ここまで来たので、隣町の浪花町や本庄の方も歩いてみます。

まずは北区側の浪花町から。
JR天満駅近く。
「CAFE&BAR ナナイロポンテ」「スナック京」「串寅」「若つき」と並ぶ。
「CAFE&BAR ナナイロポンテ」は、アジアンエスニック料理の店。
同じビルに「炭焼呑処うまとら」というお店もある。

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見上げると「クラブ温泉」の看板。
昔ながらの銭湯。大阪一天井が高く、2階にあるサウナ室(無料)には浴場に設置された高い螺旋階段を登っていくしかない(笑)。

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路地裏の雰囲気のある所にでてきた。
住宅街の中の路地奥にひっそりと佇む自家焙煎の珈琲店「喫茶 路地」。
古民家風のたたずまいなのは、大正時代生まれの長屋にコツコツと手をくわえてリノベーションしているからのようです。

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エジプト料理と世界のビールが楽しめるお店「Cafe & Bat dimashq(ディマシュク)」。
こちらのお店も、築70年の古民家を改装して作られたとのこと。

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浪花町とは通りを挟んで反対の浮田。
「ココペリ展 in 大阪」(10月16日(月)~22日(日))を開催している「ギャラリー おがわ」。
酒蔵を改装して作られたギャラリー。
うだつのフォルムが凄くいい。
奥に見えるのが人気の鉄板焼き「コアラ食堂」。
このあたりは町家や長屋を改装(リノベーション)した雰囲気のあるお店が多い。

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古い家屋の並ぶノスタルジックな浪花町の路地に迷い込んだようだ。
「洗張ゆのし 尾張屋」。看板の文字といい、外観といい素敵(*^ω^*)/

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天神橋6丁目の交差点を北側に渡り、大淀区側の浪花町を目指します。

色々ググっていたら、以下のような記事を見つけて確認したかったからです。

「北大阪天六交差点西北側にある活動常設館千代田館裏の俗に朝鮮人町と呼ばれている私娼窟があった。(中略)昭和六年頃にはバラックも約三十戸百六十五人の朝鮮人が居住するに至った。これ等の殆んど全部は朝鮮料理喫茶店などで曰く「釜山屋」曰く「豊島屋」等の看板を掲げ、十七、八歳の年若い仲居を二、三年の年期で百五十円乃至二百円程度で朝鮮から雇入れ、仲居の数も六十名に達する程の繁盛振りで、表面は飲食店を開業していることになっているが、一歩この町に足を踏み入れると、これが大阪だろうかと疑われるほど煽情的空気を醸成していた。」(『[大阪市]社会部報告 第177号 朝鮮人勞働者の近況』 大阪市社会部労働課 昭和2年-昭和10年)
戦後、映画館千代田館裏の朝鮮人のバラックがあった場所には、天六市場や出物百貨街などが出来るも、今にも崩れそうなバラックが密集したままで、長らく戦後の闇市の雰囲気が残っていた、と聞く。
今、朝鮮人バラック街があった大淀区浪花町を訪れると、マンション・ノルデンタワーとベルコ大阪法宴会館(とその駐車場)で街が見事に消えていて何も残っていなかった。

「生花 花市」。この花屋の東側に天六市場や出物百貨街があった。

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大阪法宴会館裏の細い路地。
手前のお家は「みち庵(松永食堂)」。
「みち庵」は社内研修とか勉強会などで使われているのかな。

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「菓楽苑菊水」と「喫茶ルーチェ」。
菊水さんの「北海道練乳入り 苺どらやき」や「ぶどう大福」は気になりますね。

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本庄東の裏通り。スナック、飲み屋など。
元シュートボクシサー伊賀弘治さんのお店「からびんか」は玉造に移転してしまったのかなぁ!?

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「スナック銀」「正瑞園」「カラオケ酒場花」「スナックマインド」。

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本庄東から豊崎まで移動。
素晴らしい長屋。5軒分ある。

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「業務用食品館 中崎町店」。

古い地図では鷹勢市場。
ここは今でも鷹勢市場と呼ばれているのであろうか。

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鷹勢市場の近く。細い路地の奥に祠が見えている。

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んん、なんだ、これは?
町の中に砂利道が・・・。

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南北に貫く地道の路地の両側に大正時代に建設された長屋が主屋を中心にして並んでいる。豊崎プラザとか豊崎長屋とか呼ばれている場所です。

古い長屋群と町家が残り、大阪の梅田から歩いて少しのところとは思えない風景。

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未舗装の通りに並ぶ長屋と正面に見える松下善ビルのコントラスト。

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大阪市内の戦災を免れた木造住宅は、近年は老朽化による建て替えやマンションの開発によって、急速にその姿を消しつつある一方で、リノベーションによる長屋の保全・再生・活用事例が生まれつつある。この豊崎長屋界隈もちかごろ活気づいてきている。

「登録有形文化財」の銘版が貼られた町家。豊崎長屋主屋(吉田家住宅主屋)。

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今回の街歩きは以上です。住宅街の路地の写真ばかりになってしまった・・・。

古い町並みの残る中崎西、上町台地界隈、西成再訪と歩きたいところがまだまだたくさんあって困ったものです(^_^;)

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Comments

昨日おいでになったのですか!
豊崎長屋あたりは、わが隠れ散歩路地で、ENDO(今もタカセ市場が通称です)へ焼酎買いに来る時には必ず歩く路地です。
次はぜひとも旧極真会館や許永中屋敷跡へも。

horiさん

行ったのは10月上旬です。
昔の住宅地図と今の地図、撮ってきた写真を照合して、その後色々調べていたらアップするのに時間がかかりました。
あっ、よく見ると看板にエンドと書いてありますね。やはり今もタカセ市場が通称だったのか。
1年間予備校(K塾ではない)に通っていたのと、昨年まで仕事していた場所が豊崎だったので、この辺りはちょっとだけゆかりの地です。
教えて頂いた場所も調べてまた行ってみようかと思っています。

お疲れ様です。
ロザーナさんのブログを読んでて取壊しが進む天六市場を撮ったのを思い出しました。
1993年9月に天六市場を南側から撮影した画像をtwitterにアップしてみました。
https://twitter.com/maido728/status/923962496817315840
天六市場の手前に写ってるフェンスがあったところにバラックが残ってたのかも。
たしかフェンスのあたりがノルデンタワーマンションです。

今里Xさん

おはようございます。
天六市場の写真は初めて見ました。貴重な写真のアップありがとうございます。
かなり前から街の風景写真を撮っておられたんですね。
2002年の海南東新地の写真とか感動しました。
そういえば鷹目さんとのところに遊里史写真板というのがあって、貴重な写真がアップされてたのを懐かしく思い出しました。

遊里史写真板とか懐かしいですね。
まだ容量が少なかった時代のせいか100枚過ぎると消えていくとか(笑)

戦前にガラス工場で働く朝鮮人工員相手の遊廓(もちろん非公認)があったというのを何かで読んだおぼえがありました。
おそらくこの地域と思うんですが写真の天六市場前のフェンスになってたところが以前どんな感じだったかぜんぜん思い出せないです。

※実は海南の各新地は現役裏営業中を探すつもりで行ったんですが時すでに遅しでした…

私がリンクした先にも「北大阪における鮮人唯一の歓楽地となつてゐるところ」とありました。

赤線(遊廓)ブーム再来といわれ今ではツイッターやインスタングラム、ブログ等を介して誰もが気軽に写真をアップする時代になりましたが、鷹目さんや今里Xさんのところの活動は15年以上も時代を先取りしていたのですよね。

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