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February 19, 2018

北風の中

寒さが幾分和らいだと思ったらまだ風が冷たくて寒かったりする。これから少しずつ暖かくなっていくであろう。1月の通院ラッシュが終り、ようやく平常の生活に戻ってきた。

2月7日(水) 診察(腫瘍内科)
2月14日(水) 診察(消化管内科、腫瘍内科)と抗がん剤治療
2月16日(金) 診察(腫瘍皮膚科)

2月14日にオプジーボの2回目の点滴。血液検査、尿検査、レントゲンでは今のところ問題なし。体調も特に変化はない。気のせいか肺の違和感も治まっているようだ。次の検査までは当面今の治療を続ける予定。ただ右足の大腿部から下肢にかけて激しい発疹が発生してかゆい(左足もちょこっと出ている)。何故にアービタックスの副作用が今頃になって足に出てきたのかよくわからないが、オプジーボが原因ではなさそう。念のために16日に腫瘍皮膚科でも診てもらった。アービタックスはこれからだんだん抜けていくので、出してもらっている薬を続ければそのうち治まってくるであろう。オプジーボの使用では副作用は少ないと言われているが、間質性肺疾患とか1型糖尿病とか怖い副作用もあるので日々変化する症状には注意が必要。消化管内科ではこの前の大腸ポリープ切除術の結果を聞いた。5つ取った小さいポリープは良性。ただ腺種と呼ばれるもので将来がんになる可能性があるので取っておいて良かったとのこと。こちらは一安心。16日は診察後、久し振りに京橋のグランシャトーへサウナに寄り、その後、枚方淀税務署へ確定申告の書類を提出しに行く。膨大な医療費の領収書の提出が不要になって手間が減った。

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パソコンのハードディスクが時々ブーンといやな音を立てる。長年愛用の中古ノートパソコンもそろそろ寿命か。予備のパソコンに移行しておかないとやばいかも。

本はボチボチと読んでいる。
亀井麻美さんが小説のヒロインのモデルになっているという小谷野敦さんの『とちおとめのババロア』(「文學界」3月号)読んだ。彼女のツイッターはいつも楽しく拝見しているので、この小説もおもしろく読んだ。女子大のフランス文学の准教授である福鎌純次が、ネットお見合いで知り合った徳田秋声好きの後藤雍子と付き合うようになり結婚を申し込むと、彼女から皇室の一員であることを告白され驚愕する。その後、二人は双方の両親にも会い、紆余曲折を経ながらも結婚へといたるという、ハッピーエンドの終わり方でよかった。もちろん小説の話は作者小谷野敦さんがつくった虚構であるが、所々に亀井さんのツイッターに出てくる恋人との実際にあったやり取りが使われていたりする。秋篠宮家の長女・眞子さまと、小室圭さんとの結婚関連行事が延期されることになった。色々な外野の声が聞こえてくるとは思うけれど眞子さま小室圭さんもハッピーエンドに終って欲しいと願っている。このタイミングで出た『とちおとめのババロア』が言いたかったことは皇室制度批判ともとれる。

亀井麻美さんは徳田秋声という地味な作家のネタを提供してくれていて、日本の文学や世界文学にも造詣が深く尊敬している。確かに徳田秋声の作品は時間が突然過去に行ったりいつのまにかまた現在に戻ったりと行ったりきたりするので、登場人物・ストーリーとも読んでいて訳がわからなくなることがままあるのだが、読み終わった後の読後感は凄いものがある。

最近私がブログに病室の点滴の様子や部屋の本棚の写真をアップしているのも彼女をまねてだったりする。残念ながら私の部屋には海外の文学の本がほとんどない。本棚の一角にちょっとだけあった。

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背表紙が見えない本は、右から、

『アナトール・フランス短篇集 聖母と軽業師 他四篇』(岩波文庫 昭和9年)
『我が友の書』(アナトール・フランス 新潮文庫 昭和27年)
『アナトオル・フランス長篇小説全集第十七巻 花ざかりの頃』(白水社 昭和26年)
『アナトオル・フランス長篇小説全集第十六巻 小さなピエール』(白水社 昭和17年)
『アナトオル・フランス』(内山敏 日本評論社 昭和26年)

アナトール・フランスに興味を持ったのは大学の時のフランス語の先生の影響で、ネルヴァルやプルーストは中村一郎の「小説入門 人生を楽しくする本」 (光文社文庫)に取り上げられていて関心をもったもの。

そろそろどこかへ出掛けるかな。

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「ぼくは、妻のヒタムキに、もう一度ぼくを子供たちの多い父親にしたいと望んでいる衷情をみているだけでも、自分か悪人という気がして生理的にやり切れなくなる。それで、その時、映画から帰り、オバさんに、自分の養う責任ある妻子が一行五名でおしかけてきたと聞いた時にはギョッとし、すでに立去ったときいた時にはいくらかホッとした。ぼくは毎晩アドルムを十錠から二十錠のみ、妻子に対する道徳的責任を眠らせている頃ではあったが、それでも、その時、妻が子供たち全部を連れてきたというのに、長男のクリクリしか瞳や、頬に痣のある女の子のドングリ瞳なぞ、ひとりひとりの無心な表情まで眼に浮ぶほど、ぼくはやり切れない気持に追いやられた。」

「その頃のぼくは大体、次のような人生感に憑かれていた。
 人生がもしやり直しのできない勝負であるとするならば、家庭の再建のできそうもないぼくは、そこで仕事の再出発もできぬとの結論になり、明らかに、その勝負に負けている。ぼくは、その負けた実感の上で、毎夕十錠から二十錠のアドルムを飲み、泥のように酔い、やっと現実の苛烈さを忘れては眠っていたのだ。」
 (『空吹く風/暗黒天使と小悪魔/愛と憎しみの傷に 田中英光デカダン作品集』 「愛と憎しみの傷に」 講談社文芸文庫 田中英光 2017年7月)

「賀川豊彦氏を導いたといはれるマヤス博士が見舞に来てくれた。
『あなたと一緒に先年演説會へ出た時、あなたは「都會における賣淫の存在は、宮殿において便所のあるのと同じやうなものだ」と仰いましたね。私善く覚えてゐます。それで………』
 博士は、ダビダ王の淫蕩生活の話をして聞かしてくれた。
『不品行な生活は、空の空なるかな空の空なりです。あなたはさう思ひませんか』
『思ひますね。放蕩をしてゐる間は、その生活に中心がありません。ざんざめきの中にゐても真のよろこびはなく、却つて廣野の寂しさを感じるのです。私は強い酒と娼婦の媚によつて真に心から慰められたといふ事は嘗てありません。只だ一時感覚を麻痺させるだけです』
 淫蕩生活に幻滅と倦怠とを感じてゐた私は、雄辯に放蕩生活を罵つた。   `
『ダビデは悔い改めました。神はくだけたる魂の捧げものを悦ばれます。罪の深いものほど、神は歓迎されるのです』
 博士は私に對して意味ありげな言葉と、そして博士夫人が焼いたといふパンを置いて戻つて行つた。」
 (『歡樂の墓』 村島歸之 大正14年 文化生活研究会)

「吉岡は今日文明の社会において酒色の肉楽に対する追究はちょうど太古草莽の人間が悍馬に跨って曠野に猛獣を追いその肉を屠って舌つづみを打ったような、あるいは戦国時代の武士が華やかな甲冑をつけて互いに血を流しあったようなものである。すべてこれ悲壮極まりなき人間活力の発揮である。この活力は文明の発達につれ社会組織の結果として今日では富貴と快楽の追究及び事業に対する奮闘努力というがごときことに変形した。名誉と富と女とこの三ッは現代人の生命の中心である。それをばことさらに卑しみ、あるいは憎みまた懼れるのは要するに奮闘の勇気なき弱者か、さらずば失敗者の曲解である。言わばまずこんなふうに考えているので、劇場内の光景がいささかでも活動の元気を起こさせてくれたことを知るとともに、吉岡はまだなかなか年を取りはせぬ、まだ自分は若くて働けるなと思うところから自然と深い満足を感ずるのであった。」 (『私家版腕くらべ』 永井荷風 角川文庫 昭和44年)

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