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日記・コラム・つぶやき

July 19, 2018

西成徜徉記(57)

今年も飛田新地の夏祭り(子ども夏祭り)の日が近づいてきましたね。
天神祭が行われる7月24日・25日の2日間開催され、この日は飛田で唯一写真を撮れる日と聞いています(ただしお店の中とか撮るのは厳禁)。んーん、だんじりの後について練り歩くというのも面倒なので行かないかな。天神祭は花火の日に行きたい。

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2本の細い路地にスナック、居酒屋などが並んでいたようであるが…。

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鯛よし百番から南、高速そばの三角地にある昔の女性たちを祀った慰霊碑・慈母観音(無縁仏)。

慰霊碑・慈母観音(無縁仏)の由来について

以前は、高野山のお寺付近に無縁仏として慰霊碑があり数回おまいりを致しておりましたが、数年ご無沙汰していましたところ所在が不明となってしまいました。
慰霊碑は、いろいろな事情により飛田遊郭で働き、居住をしていた多くの男、女(遊女)の方々が様々な事情や世間の風評で遊郭外に移住することもままならず亡くなられた霊が安らかなれと願い建てられたものです。
また慈母観音は地域に貢献されながらも、身内にも見取られないまま亡くなられた多くの遊女たちの霊を供養し、彼女たちの苦労を決して無駄にしないように、地域が一丸となって奉って行きたいと思い、合わせて地元であります西成区山王三丁目に建てたものです。
ここに安らかに眠って頂きたいと心よりお祈り致します。
飛田社会福祉協議会 平成二十年八月吉日

慈悲共生

 碑文
安らかに来りて眠れ
この飛田(さと)に
有縁無縁の
浄利創らむ

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同じく説明板より

飛田(遊郭)新地料理組合の歴史

明治四十五年一月十六日午前一時ごろに難波新地(南の大火)の火災が発生。十一時間以上炎上し一帯を焼き尽くした。
その後、府下東成郡天王寺村大字天王寺東松田西松田の一部原っぱ同然だった二万坪に通称「飛田遊郭」が大阪府告示一〇七号貸座敷免許地として指定される。
大正七年には、飛田の一部で一六〇件~二〇〇件一戸当たり娼妓数十名余りの店が営業開始(つまり、失業した貸座敷業者の救済の目的)。
飛田遊廓の経営者は阪南土地会社であったが、大阪土地建物会社が対等条件で合併し飛田遊郭の家屋賃貸経営を引き継いでいた。
大正七年前後に新たに開発された飛田は戦中に大きな被害を受け、戦後は赤線として復興が進められる。
貸座敷はお客さんの宿泊は認められていたが、しかし、昭和三十三年の『売春防止法』によって飛田は大きな転機を迎え、その後、当時の新地組合長・協同組合理事長・帳場長の三者により会議を重ね、料理組合として誕生。

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飛田本通商店街からアーケードの切れた大門跡以南は新栄会という商店街に変わっています。

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とあるお家の前。おーー、豆タイルが綺麗!

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こちらも新栄会。寂れた感が漂っていてどの店もやっているのかよくわからない。

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旧アルサロアイノスの反対側あたりにも飛田の塀が残っている。

ようやく飛田新地を抜けることが出来た。

西成徜徉記(56)

カメラ出すの大丈夫かなと用心しながら撮影していたが、朝一早くに来たこともあり掃除のおばちゃんがいるぐらいで問題なかった。防犯カメラは至る所に設置されているし交番もあるし、逆に治安は悪くない。

山王、飛田周辺は下町の風情や情緒が今なお残っている文化遺産的存在と言える。
インバウンド効果で訪日外国人客が増え心斎橋筋商店街、戎橋商店街、新世界、黒門市場とどこへ行っても中国人観光客だらけ。飛田新地にも中国人をはじめ訪日外国人観光客が大挙押し寄せているという。井上理津子氏、杉坂圭介氏、西本裕隆氏らの「飛田」に関する本が相次いで出版されたことをきっかけに、テレビ番組で取り上げられるなど、観光名所化が著しく、この10年だけでも様変わりした感がする。

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飛田新地に隣接する北西角のブロックにある細い路地。
奥には民泊の看板も見える。

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薄緑色が残る面格子とかもあり風情のある路地です。

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日よけと格子の上のくり抜いた飾りがあるお家。

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奥に延命地蔵尊・白龍大明神が鎮座し、その後ろには飛田の壁が建っている。

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二階の肘掛欄干がいい感じ。

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飛田本通商店街に戻りタバコ屋さん。
ここでアーケード商店街は終わり大門跡とは目と鼻の先です。

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旧飛田遊郭大門跡。
左下に説明板があったのでそれを記しておきます。

明治四十五年の火災によって廃止となった難波新地の遊郭の代替地として、飛田遊郭は大正七年に開郭しました。
飛田大門は、開郭当時から飛田遊郭の玄関口として機能していました。
そして、昭十二年には遊客数が松島新地を上回りました。昭和二十年には太平洋戦争で大門通より南側の東の一部と西部を消失しましたが、大門は消失を免れました。
その後、昭和三十三年に飛田遊郭は廃止となりましたが、飛田大門は当時の面影を伝えるものとして、現在も地域の人々に親しまれています。
平成十七年十二月吉日
 旧飛田遊郭大門跡

西成徜徉記(55)

不思議と飛田新地内にはコンビニが一軒も無い。
一番近くで阪堺線の今船駅前まで行かないといけない。コンビニを作らない理由とかあるのかなぁ。その昔「鯛よし百番」の斜め向かいの一角に「フードショップみつわや」があり、そこは結構何でも揃っていたお店だったのでお酒を買い込み飲みなが街をふらついていた事を思い出す。現在新地内には住宅用のビルや駐車場が増え情緒が薄れた気がする。看板建築大伸(弥生町会)も旅館ほざき(若菜町会)も消えてしまっていた(涙)。

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「いさみ寿司」のある一角。
季節料理ひょうたん、一品料理まゆみ、末廣。

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外国人向けの地図が貼られている。まるで観光地のようです。
この地図わかりやすい。堺筋、大門、北門、南門、新開筋商店街、桜木通り、山吹通り、大門通り、弥生通り、若菜通り、阪神高速、WC(2か所)、駐車場(2か所)、飛田新地料理組合、永信防災会、外貨両替機、たこ焼き屋(あっちち本舗)、餃子店(白金餃子)、百番。
桜木通りの方にもトイレが出来ているのか、気が付かなかった。
白金餃子は『ニンニク無餃子』だそうです。

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「浦島」を駐車場の方から眺めるとかなり奥行きのある巨大な妓楼に見える。
後ろにはマンションが聳える。

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飛田新地料理組合にある白龍大明神・末廣大明神。
飛田新地は、大正7年(1918)の12月に開業し今年はちょうど百周年にあたります。

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飛田会館を通り過ぎると新開筋商店街に戻ってしまいます。
グリル・喫茶「カトレア」。薄暗い商店街の中一際光を放っている。
2軒隣のスーパー玉出は4年前に閉店。

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石造りのコンテナガーデン。
古代文明風の不思議なデザインで足も何かの動物のよう。

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モザイクタイルでできた丸い造形物。

西成徜徉記(54)

腫瘍部分が腫れてきてかなり痛みがあるため夜寝るのも辛くなってきた。どうしようもない。抗がん剤も効いていないし…。楽しみにしている来月の家族旅行だけは何とか乗り切れるよう頑張ろう。

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新地内には丸窓もあるよ!

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飛田遊郭大門跡わきの通り。
かつて青線が盛んな頃、飛田新地の周辺一帯には怪しげなスタンド、バー、小料理屋、飲み屋なんかがたくさんあったのでしょうね。

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写真屋さんの古い看板。
左端のコンクリートは「飛田の壁」の名残みたいです。

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1階下部のタイルと2階の曲線が絶妙。

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2階部分が淡いピンクのタイル張りになっている。

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木村聡さんの『赤線跡を歩く』(1998年 自由国民社)にも紹介されていたステンドグラスのある建物は、外壁がだいぶリフォームされちょっと残念な感じになってしまった。「直すと価値が無くなる」と考え放置しているという「百番」経営者の考え方がうなずける。

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元料亭が文化住宅に転業したようです。

西成徜徉記(53)

連日の猛暑日。
前回の街歩きでは軽い熱中症になってしまい2・3日体調が戻らなかった。
皆さんも暑い中の街歩きには気をつけて下さい。
飛田の料亭街も暑い。

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袖看板が傾いてしまっている。
この右側に並んでいた元料亭も取り払われてしまいましたね。

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かなり前にはここにも遣り手婆さんと女性が座っていたのだが・・・。
どん詰まりの一番奥ということで場所が悪かったのでしょうね。

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鯛よし百番。
大正時代に建てられた遊郭であった建物を生かし、万博の年(1970)に開かれた大衆料亭とのこと。

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横から。「鯛よし百番」は国の登録有形文化財となっています。
見ると中も外もかなり傷んできている感じがします。

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スタッフ募集中の貼り紙がいつも貼られている。

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鈴鹿荘と同じパターンの薄いピンクと薄い緑の豆タイルが敷き詰められている。
二枚のタイル絵が素敵。

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タイルの柱にアールがついています。

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松が透かし彫りのようにくり抜かれていて往年の遊廓の風格を感じさせる。

西成徜徉記(52)

いよいよ避けては通れない飛田新地を通過します(別に避けてもいいのですが(^^;))。
ただ新地内でカメラを向けるのはヤバそうなので、当たり障りのないところだけにしておきます。

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大門通り。鈴鹿荘。
薄いピンクと薄い緑の市松模様、焦げ茶色の豆タイル、玄関横のタイルや青い窓枠など素晴らしい。

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焦げ茶色のところは半円柱になっています。

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この玄関の屋根の形は唐破風というのかな。よく見ると電柱や電線が邪魔ですね。

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赤い外壁が鮮やか。屋号の書かれた袖看板は取り外されてしまったようです。

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肘掛欄干の富士山や小鳥の透かし彫りに見とれてしまう。

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旭町に接した一番東側の通り。左側には、通称「嘆きの壁」が立ちはだかる。

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見事なアールがついています。

July 14, 2018

西成徜徉記(51)

西成徜徉記も50回を越え折り返しです。

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おでん「深川」に向かう細い路地の先に怪しげな建物の入口が残っている。
ここが伝説の竹の家旅館の遺構。
日本最古のハッテン旅館(ゲイ旅館)と言われ、かつては三島由紀夫も来ていたとか・・・。紫色の扉の玄関だったのが今は紫に見えなくなっている。少し前の記事で「今池本通りが大阪男娼街のメインストリートであり玄関口にあたったという。」ということを書いたが場所的にも納得。今は同じ太子にあるスポーツメンズクラブ大阪に引き継がれている??

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喜久屋雑貨店。
飛田本通南商店街と新開筋西商店街のアーケード接続点。
ショーウィンドウに飾られているのは寅さんが着ていたダボシャツ??

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新開筋商店街。
ドリームセンターとさっぽろラーメン。
夢の跡という感じ。
反対側にはアダルトショップ「マルヒロ」が残っています。

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新開筋中央商店街。
大和屋呉服店と春日マンション(旧ホテル春日)。

ところで東田町、山王町方面の私娼街(青線)はいつまで存続したのだろうか。
2001年・2002年頃には新開筋にポン引きらしき怪しい客引きのおばちゃんが立っていたのを覚えているがいつの間にか見なくなった。

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平松商店。創業大正5年(1916)の文具屋・雑貨屋さん。

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末廣旅館。美しい豆タイルと半円柱。

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「内湯 御やど」と書かれた看板が年季を感じさせる。

July 13, 2018

西成徜徉記(50)

3日前、夕方の毎日放送VOICEの中で「特集 メイドイン西成“暴動ビール”」という特集が放送されているのを見た。花園北のシクロという会社が西成の地ビールを企画し、まかされた若い女性が初めての醸造に挑戦。仕込みからビール作りをはじめ、途中トラブルがありながらも発酵、樽詰め、瓶詰めなどを経て無事完成。できたビールを地元の居酒屋にビールを届けるというところまでをドキュメンタリー風に描いていました。商品名の暴動ビールというのは「暴動ではなく酒が仲良く酌み交わせる街へ」という思いを込めたとのこと。Derailleur Brew Works(ディレイラブリューワークス)の西成ライオットエール(暴動ビール)。琥珀色のビールの色がいいですね。フルーティーな味がしそう。西成で見かけたら飲んでみよう。

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山王市場通商店街。
うどん そば 丼物一式「助六」と書かれた看板が渋い。この山王市場通商店街のアーケード東詰めから右に曲がった通りにもアーケードが続いていたが今は撤去されてない。

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和菓子みよし屋本舗。みよし屋の西側で山王市場通商店街は高速道路のガードで分断されているがアーケード商店街としては連続している。

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激渋アーケード商店街の途中で薄緑色のはげてしまったタイルを発見。

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飛田本通に戻り細い路地を入ったどん詰まりにある松乃木大明神に向かう途中、例のタイルのお家が健在なのを確認。

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薄緑とオレンジという珍しい組み合わせです。

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『奇譚クラブ 昭和26年10月号』には「大門小路のインチキ喫茶」なる記事が掲載されている。飛田遊廓大門の西側には大門小路(今池町)があり、小路の両側にはボンボリ提灯が並んでいた。この大門小路の裏通りに怪しげな社交喫茶があり、女給たちは飛田本通りから飛田大門通りにまで客引きに出っ張っていたという。今この界隈はバルコニー付きのそれっぽい建物がある以外は特に何も残っていないっぽい。写真は大門小路付近に残る長屋。

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スナックくれよん。
ストリートビューを2010年1月まで巻き戻すと建物の外観が全く変わってしまっていることに驚く。飛田新地の外郭今池町。2000年前後はまだかなり怪しげな雰囲気が漂っていたことを覚えている。

July 12, 2018

西成徜徉記(49)

もうちょっと太子、山王を歩きます。

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スナック梨里。
このあたりはスナックも多いけど夜に来ないと営業しているのかわからない。

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動物園前商店街二番街の「足立第六酒店」。
足立酒店は「足立酒店 総本店」他何店舗かあるのだろうか?

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オーエス劇場のある通り。
斜めについた二重取っ手の扉。

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西海。

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反対側から。何度見てもいい。

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雰囲気ありますね。

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オース劇場前の赤いダイヤの装飾。

西成徜徉記(48)

今回西成を歩いていて特に怖い思いをしたことはない。
人にカメラを向けるとかしなければ大丈夫でしょう。
この前あるアパートの前で写真を撮っていたらちょうど若い住人の方が戻ってきて目が合ってしまったのですが、これはてっきり注意されるのかなと思いきや優しく微笑んでくれて助かった(^^;) いい人ばかりです。

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弥楽荘(みらくそう)。字体がいいですね。

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共栄ハウス。窓のところが少し飛び出したようになっている。

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玄関を覗いて見るとタイルだ(*^ω^*)/

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玄関前にもタイルが。

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3年前に閉館して白い鉄板で封鎖されている飛田東映/トビタシネマの横を通るとアパート「萩の家」の看板が見えてくる。「萩の家」も元は旅館(簡易宿所)だったのかな。奥が大衆演劇場「オーエス劇場」。

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山王からは少し離れて天下茶屋北の建物。三軒が段差をつけて建てられている。

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